BROTHERS CONFLICT

□VALENTINE CONFECTION
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〜side IORI〜



「凄い雪だなぁ…」

五階のリビングから通じるテラスも真っ白に染まっている。
その向こうも真っ白な世界で、まるで隔離された場所にいるような錯覚に陥る。


雪による休講で早々に帰宅出来たわたしは、キッチンで晩御飯の下拵えをしている。


同様に早い帰宅組の昴さん、侑介くん、弥くんは、元気なもので、「雪合戦だ!」「雪だるま作ろー♪」と外に飛び出していった。


雅臣さんは病院で夜勤、椿さん・梓さん・風斗くんはお仕事で帰宅は読めない状況とのこと。
琉生さんも、バレンタインデートをすると言うお得意様の予約が何件かあるらしく、元々遅い帰宅の予定。
右京さんは、仕事が終わり次第即帰宅します、と連絡がきているけど、電車は大丈夫かな?

光さんと棗さんも、この雪ではマンションに遊びに来たりはしないよね。

要さんは帰りに駅の近くのカフェで見かけた。
女性と一緒だったから、恐らく今日は『檀家さんへのバレンタイン説法』が行われる日なのだと思う。


…朝帰り決定。



あとは、祈織さんだけど…


この真っ白な雪景色は、祈織さんを連想させる。


「祈織さんは大丈夫かな…」


窓の外を見ながらそう呟くと、玄関ドアがガチャと音をたてた。


「ただいま」


落ち着いた声が帰宅を告げる。

「お帰りなさい、雪、大丈夫でしたか?」

玄関に目を向けると、左側の頭や肩にまだ溶けていない雪を乗せた祈織さんが立っていた。
水に形を変えてしまった分もあり、髪からも滴っているし、ネイビーブルーのコートにも水滴が光っている。

「祈織さん、濡れてるじゃないですか!?」


わたしはバスルームに入り、ストックのバスタオルを取ってきて玄関の祈織さんに差し出す。


「大丈夫だよ、庇って変な傘のさし方をしたからちょっと濡れただけ」

でもありがとう、と濡れている左手でタオルを受け取る。


濡れてる方で持っても拭けないと思うんだけど…


「君、一人?」
「あ、はい。まだ帰ってない方や遊びに行った方もいたりで」
「そう、ちょうど良かった」


穏やかに微笑むと、後ろにまわしていた、濡れていない右手をわたしに差し出してきた。


途端に、鼻腔をくすぐる甘い香り――


「え?」


目の前に差し出されたのは、



雪のように真っ白な開きかけの薔薇と、


雪のように真っ白なかすみ草で作られた、


雪の中から摘んできたような、真っ白な花束だった。



「君に」


そう一言囁くと、まるで雪に反射した光が目に入ったかのように、眩しそうに目を細めて、祈織さんは微笑んだ。


「え、わたしに、ですか?」
「そう、今日はバレンタインだから」
「で、でもバレンタインは女の子からチョコを…」
「日本ではね。外国だと男性がプレゼントする方が主流なんだよ。良かった、濡れてないね」


その言葉通り、花束は外側の透明のビニールには多少の水滴は付いてはいたけれど、花そのものはこの寒さと雪にも傷付けられてはいなかった。


「もしかして、この花を庇ってきたから…」


尋ねると祈織さんは口は開かずに、微笑んだまま少し首を傾げることで肯定の意味を表す。
花束を抱える右側を庇って傘をさして来た為に、左側が濡れてしまったんだ。


「あ…ありがとうございます」


受け取る時に触れた祈織さんの手は、雪のように冷たかった。

その手を取って、温かいリビングへと促すと、ブーツを脱いで続いてくる。

「祈織さん、ちゃんと拭いて、温まって下さいね?」
「あぁ大丈夫。すぐに着替えるから」

渡したバスタオルで髪と肩口の水滴を拭いながら、花束を抱えたわたしを見つめてくる。


「買ってきて良かったよ。とても…君らしい」
「わたしらしい、ですか?」
「うん。真っ白で綺麗で汚れてなくて…まるで」


視線をつっと窓の外に移すと、



「この、空から舞い降りてくる雪みたいだ」


誰よりも雪を思わせる人は、そっと呟いた。


「雪を見ていたら君の姿が浮かんで、ちょうど通り掛かった花屋で、雪のような花を見つけて、また君を思い出して…気が付いたら花束にして貰っていたんだ」



迷惑だったかな、と尋ねる祈織さんにブンブンと首を横に振って答える。

「祈織さんにそう言っていただけるなんて、嬉しいです!あ、あの、わたしも祈織さんにチョコを用意してあるんですが、受け取ってもらえますか…?」
「もちろんいただくよ」


部屋にあるので後でお渡ししますね、と伝えると、祈織さんはわたしに近付き、花束の中で一番開いている薔薇の花びらに触れる。


「…雪が降ると、」
「はい…?」
「積もった新雪に足跡をつけたくならない?」
「はい、なりますね!」


祈織さんも子供っぽいことをするんだなぁ、と微笑ましくなる。


すると、触れた花びら一枚をぷつっと抜き取る。
その動作を不思議に思っていると、

「足跡をつける瞬間が凄く“ドキドキ”するんだよね…」


と、花びらにフッと息を吹き掛け、わたしの目の前に飛ばしてきた。
視界に広がる花びらの白さに思わず目を瞑って少し顎を引いて首を竦めると、



わたしの額に、柔らかいものが触れる。


目を開くと、至近距離に、祈織さんの首元があった。



ゆっくりと離れていく祈織さんの顔が見えるようになると、わたしは今されたことを理解して、カッと顔が熱くなる。


「い、祈織さ…」


「真っ白なものには、最初に印を刻みたいんだ」



そう囁いて、バスタオルを持ったままリビングから出ていこうとする。


「夜に君の部屋に行くよ。チョコレートはその時に貰えるかな?」
「あ!わたしが祈織さんのお部屋まで持っていきます!」


けれど、祈織さんは笑顔のままゆっくりと首を振り、


「さっきも言ったけど、足跡をつけたいんだ」


そう言って、濡れた髪をかき上げ、透き通った瞳でわたしを見つめる。



「僕に、“ドキドキ”を感じさせて欲しい」



ドアが開けられて再び閉まる音。

リビングには雪のような花束を抱えたわたし。


足元には、散らされた一枚の花びら。




今日は雪のバレンタイン。


切り離された真っ白な世界。


つけられた足跡は、まだ降りしきる雪が覆い隠してくれるのだろうか。



わたしは雪のようなその人を想い、花束を抱き締めた――。




〜終わり〜
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