短編

□メヲトジル
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ちがうの。ちょっと目を閉じたかっただけなの。
「…あ?…おい」
事後の甘い余韻に浸りつつ、呼吸を整えながら、そのまますぅっと眠ってしまった。
身体に力が入らないまま、彼の存在だけは朧に意識できる。
ちょっと居なくなっていたクルルさんが戻ってきて、私を抱えあげた。
お姫様抱っこはふわふわ夢心地。
瞼が重くて起きられないけど、耳元から彼の鼓動が聞こえてきて、私に緩く暖かい波紋を作る。
それがどうにも心地よくて、足先がぴりぴりぽかぽか痺れるようだった。
移動先に着いたのか、空気が変わって、むわっとした蒸気を感じる。
ゆっくりと下ろされた瞬間胸まで濡れて一気に目が覚めた。
「わっ…お、お風呂?」
「起きたか」
入れられたのは泡風呂で満たされたバスタブで、私を連れてきたクルルさんが素っ裸で私を見下ろしてた。
長身痩躯で、眼鏡だけ着けてる、地球人に化けたクルル曹長。
彼が人型になっていて、私も裸でお風呂に入れられてるってことは…思考がゆるゆると繋がり、顔が熱くなった。
「思い出したか?途中で寝たんだぜお前」
「〜〜っ…とちゅうって」
一応そこそこした後に事切れた記憶があるので、彼がまだやる気だったと知れて居た堪れない。
クルルさんは肩を竦めながら、海綿スポンジをじゃぼじゃぼと泡風呂に浸す。
「そんな眠くなるほどかったりーかよ俺とのエッチは」
「そんなわけ!っ!」
「クックック…そんな力強く反論しちゃってまぁ〜…じゃあ逆ってことかぁ」
クルルさんはにたぁと意地悪い笑みを浮かべて私の顔を覗き込んだ。
遊ばれてる、弄られてる、からかわれてる。否定しても肯定しても彼を喜ばすだけ…甘痒い彼の罠に唇を噛む。
無言の私をまた笑って、クルルさんはスポンジを此方に伸ばしてきた。
首や胸元を柔らかい泡とスポンジが滑り、驚いて声が漏れた。
「わ、クルルさん私自分でできるよぉ!」
「眠いんだろ、俺がやってやるよ」
「もう起きてるよ、眠くないよ!」
「いいから大人しくしてろ、おら」
「わぁぁぁ」
伸ばした腕も難なく捕らえられ、赤子のように自在に洗われている。
腕も脚も胸もお尻もお腹も背中も、ごしごし効率的に洗われて自分が車かペットにでもなった気分。
これが前戯だったらもっと色気があったかもしれない。クルルさんの手つきにいちいち反応して興奮してたかもしれない。
自分のことだけど想像してたらちょっと笑えて、油断してた。
「…うぁっ…」
「……」
「あ…クルルさん…あの…」
胸の先端を掠めたスポンジに思わず声が上がり、クルルさんはぴた、と一瞬腕を止めた。
嫌な予感がして顔を窺うと、無表情に近いクルルさんの口角がじわっと歪んで歯が見える。
まずい。
抵抗も先読まれ、クルルさんはぐっと私の両手首を掴む力を強めた。
「…ちゃんと綺麗に洗わないとな」
「まってまってまって…!ああっ」
彼の介護じみた洗い方が、一気に洗練されたやらしい手つきへ変わる。
私の弱点や局所を、飽くまで柔らかく、焦らすみたいに撫でられて煽られる。
駄目だ、クルルさんがその気になって私を追い詰めてくるなら抗うなんて無理だ。
与えられる微々たる快感に声を漏らし、もんどりを打ち、脚腰をすべらせた。
「わぶぁっ!」
「っぶね」
じゃぼん、と湯船に沈みそうになった私を、クルルさんが掴んでいた腕に力を込めて引き上げる。
危うく泡風呂をごっくんするところだった。
クルルさんを睨むと、興が醒めたようにスポンジをバスタブへ捨てている。
「何滑ってんだよこんなとこで」
「だって泡が!クルルさんが変な触り方するから!」
「アンタがイイ声出すからだろ」
「いぃ〜〜っ!?」
だからそれも変な触り方するクルルさんのせいなわけで。
返す言葉を失っていると、クルルさんはくつくつと喉を鳴らした。
「あーはいはい、俺が悪いんだろ。分かったから顔上げて目ぇ閉じな」
「え…うん」
クルルさんが私の後頭部に手を遣り、優しく上へ持ち上げた。
キス、かな。
ドキドキしながら言われた通り目を閉じて、彼の感触を待った。
が。
「次は頭な」
「わぁぁぁ」
ジャバーーーーとシャワーで髪を濡らされ、私は頭を洗われた。

「すぐ済むから温まって待ってな」
一通り私を洗い終えたクルルさんが、今度は自分を洗い始めた。
結局全部クルルさんがやってくれたので、やっぱり介護されてる気分だったけど、一緒にお風呂に入っているんだって再認識する。
目の前にクルルさんの裸体がある。
私と違って泡で隠れてないのが生々しい。
あんまりじろじろ見ちゃいけないのは分かっているんだけど、目が吸い寄せられてしまう。
クルルさんが気付かないわけがなかった。
「視姦してのぼせんなよ」
「し、てないっ」
ていうかクルルさんには言われたくないっ!
そういう趣味があるのはそっちなんだから。
意識して目を逸らして、あわあわの水面を見つめる。
クックック、と喉を鳴らしている声が聞こえる。
でも、しょうがなくない?すぐ近くに恋人の、男の人の身体があるんだよ?いつも…いっぱいいっぱいでよく見れないから余計見たくなる…。
「ほんと助平な」
「〜〜ッ!クルルさんが!助平にしたの!」
我慢できずに見た途端に、クルルさんに呆れたようにつっこまれてプチギレした。
ばちゃばちゃと泡ごとクルルさんに引っかけて抗議すると、彼の一笑とシャワーに難なく洗い流されてしまった。

お風呂から出ても、クルルさんは「全部俺がやる」と言って私のお世話をした。
身体を拭いて、頭を拭いて、ドライヤーを掛けてくれる。
楽ちんだけど、なんだか悪い気がしないのは、クルルさんが好きでやってるって分かってるからだなぁ。
頭と肌のケアと軟体のマッサージまでやってくれるとさすがにお世話を通り越して、何で?って気持ちにもなったけど。
私が好きすぎると私の普段のお風呂ルーティンまで知ってるものなんだね。クルルさんさすがだね。
「よし。これでいい」
「ありがとう」
お世話が終わったのか満足した様子だったので御礼を言うと、クルルさんは仕上げとばかりに私の額にキスを落とした。
なんだか子供扱いされた気分だ。
「ん」
おでこもいいけどやっぱり口にしてほしいな、と無意識に思っていたことが催促に出た。
クルルさんは心得顔のノータイムで口付けをしてくれた。

シーツを替えられたベッドに寝かされ、クルルさんに抱き締められながら、ふかふかの布団を被さった。
空気を含んだ羽毛布団とクルルさんの体温でベッドはぬくぬくで気持ちがいい。
忘れていた疲労と満足感で一気に眠気が膨れる。
今日はいろいろあって、クルルさんとお出かけして、帰ってきてご飯と睦事とお風呂して、ずっと一緒だった。
なんだかとても充実していて、怖いくらいの多幸感がある。
目の前のクルルさんの胸に頭をぐりぐり擦りつけると、あやすようにぽんぽんと撫でられる。
あの小隊の前では嫌味な男が、私には甘やかして尽くしてくれるのが、なんだかくすぐったい。
クルルさん、世話好きだよね。私にだけかな?
…でもお風呂で人を洗うのにあんなに手馴れてることある?本当に介護経験あったりする?前に誰かにしたことある?…恋人ではなさそうかな。
「なに考えてんだァ?」
私の顔をずっと見ていたらしいクルルさんが怪訝そうに眉根を寄せていた。
「…え、べつに…」
「今イラっとしてから馬鹿にしてただろ」
「なんで分か…あ」
「…クックー」
ぺらりと口を滑らせてしまったものの、別に訊いてもいいかと思い、クルルさんがお風呂入れるのが上手いという話をした。
はぁん、とつまらなさそうに息を漏らし、クルルさんは所帯なさげに私の髪を弄り始めた。
「そんなもん…………」
「…なに?」
言いかけて無言になったクルルさんに話の続きを促すが、その唇は真一文字に閉じてしまった。
代わりにまた細い溜息を零し、クルルさんは目を細める。
「いつもしてるからな」
「…そう?」
クルルさんの答えに首を傾げると、目を閉じてゆるゆると首を縦に振っている。
そうだったかな。
そうだったのかも。
クルルさんにとっては。
この世界に来てからというものの、クルルさんに何かとやってもらってることが多いから、そうなのかも。
元の世界だったら私、まだ一人でいろいろ出来たんだけどな。
クルルさんが居てくれるおかげで今、私は頑張れてる。
クルルさんが居てくれなきゃ何もできないとも言えるけど。
でも、クルルさんが居ない生活なんてもう考えられないんだ。
「クルルさんすき。あいしてる。いつもありがとう」
「…ああ。俺も愛してる」
気持ちと感謝を口にすると、彼はアルカイックに笑んで私を見詰める。
腰を抱き寄せて、髪を漉くようにして撫でながら口付けをくれた。
啄んで食むような軽いキスは、愛情的で気持ちがいい。
クルルさんの複雑な心が、キスという形なら分かりやすく伝わってくる。
丁寧だけど感情的で、繊細だけど直情的な、私の大好きなキス。
「しあわせ」
クルルさんに愛されていることが、クルルさんに出会えたことが、とても幸せだった。
「クルルさん、私いま幸せだよ」
「…そうだな」
クルルさんはそいつが聞きたかったんだとでも言うように、くしゃっと笑ってそう言った。
そんな愛くるしい顔されたら胸が苦しくなっちゃうな。
じいんとして目を細めていると、クルルさんはまた私を寝かしつかせるためにぽんぽん撫でを再開させた。
「眠いんだろ」
「んーん」
「そうかよ」
もう少し顔見てお話していたいのに、クルルさんは少し笑って撫で続けるのみ。
その手を捕まえてきゅっと握ると、彼も同じくらいの強さで握り返して、私が腕を抱えやすい位置に置いた。
クルルさんの腕から彼の体温と、心拍のリズムを感じる。
とくん、とくん、と生命を感じていると徐々に瞼が下りてきた。
暖かくて心地よい眠気に覆われて、意識が薄らいでいく。
彼は私が寝るまで見守ってくれる。
ふ、と帳が下りた一瞬で見えた彼の微笑みは少し、淋しそうに見えた。



END.
220331フリリク作品

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