御題

□言わせない、さよならなんて
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「そっか…帰るんですね…」
ゾルルは跪くように座る地球人を見下ろしていた。
作戦の間居候させてもらった宿主。
非力で、ひ弱で、何もかも弱くて、しかも女。
脅して身を隠すにはうってつけな宿の主だった。
どうせ、記憶も消してしまう。
だが惜しいほど楽しい日々だった。
戸惑うほど。
呆れるほど。
女がくれる要らぬ飯は上等で、要らぬ寝床も心地が良かった。
すべて無かったことにする。
そうして、忘恩だけではない、何かを失う。
戦場だけでは味わえない、恐怖が身を駆ける。
「そうですよね。…お元気で」
弱い女は、何も望むことが出来ない。
もっと居て欲しい、とは言わない。
さっさと出ていけ、とは言わない。
ただ、元気でね、と。
ゾルルを、ガルル小隊を何も言わずに見送る。
「……それだけ、か…?」
「…え?」
「……言うことは、他に…ないのか?」
寡黙なケロン人は望む、願う。
必要とされたい一心で。
小隊の中では味わえない、愛情を寄り求めて。
見上げた女の瞳から、涙が溢れ出した。
温そうな、滑らかに頬を伝う雫だ。
自分にはあんなものが出せない。
出せないだろう。出したことがない。
出したいと思っても、出なくていいと思っても、流したことがない。
「あ、…あぁ、…そ、そうでしたね、肝心なことを」
「……」
「…あの、少しの間でしたけど…とても楽しかったです」
「…!」
「さよ、ふぐっ」
『なら』を封じた。
咄嗟に出した左手ががしゃり、と動く。
口を塞がれてもがく女の手が押さえられているのだ。
ゾルルは数瞬考えると、その手を右手で掴んだ。
そしてそのまま、彼女自身を引き寄せる。
やわらかな唇を、勘で塞いだ。
僅かに悶える細いからだを抱きこむと、甘い香りがする。
部屋の中はこんな香りはしなかった。
同じように、甘い味。
彼女が作るもので、こんなにも甘いものは知らなかった。
ずっと貪っていたい欲を、渋々閉じ込め、口を離した。
「っ…あ、あの、今の…!」
「…もう、行く…」
「まってください!どうして…っ」
「聞くことか…?」
覗きこむように見つめると、彼女の顔はみるみる赤くなっていく。
それさえも惜しく、却ってゾルルは目が離せなくなった。
「また、いつか、来ることになるだろう…」
「いつかって、いつなんですか…?」
「さあ…いつかだ…」
「……」
顔をうつむかせる女の頭に口付けて、ゾルルは再び立ちあがった。
その顔が上がり、名前を呼ばれるより先に、ゾルルはその場から立ち去った。
見て、聞いて、折角の勢いと決心がいとも容易く崩れ去る気がした。

失わない。
消えて無くならない。
彼女自身も。

ゾルルは宇宙艇の中でガルルを前に立っていた。
心得顔で、ガルルが頷く。
「やはり、地球は危険だな」
「……」
「プルル看護兵も地球への興味を隠していない。危険に見えない危険とはこのこと」
「……」
「彼女の記憶は消さずに居ておいてやる」
「…!」
「その分職分に勤めたまえゾルル兵長」
ゾルルは僅かな角度、頭を下げると闇に消える。
その顔が、穏やかなのを、ガルル中尉が見逃すはずが無かった。



end.
~~~~~~~~~~
…このパターン書き飽きた(お前ですよ

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