短編

□Ame(B)
1ページ/1ページ

歌夢:サカナクション『Ame(B)』です。ご了承ください。
~~~~~~~~~~



雨、降る夜。
とつ、とつ、とつ、と振る雨。
夜の闇に振り落ちる雨の冷たさと涼しさ、音。
幻想的な光景に、僕は言葉も無く佇んだ。

「先輩」
「ん?」

振り返ると、君が困ったように微笑んでいた。
ケロン軍での後輩で、地球での今回の仕事に僕から協力を依頼して本部から来てもらっている。
先輩、と言われるのも久しぶりで少しくすぐったい。
僕の隣に立って、先程の自分と同じように雨空を見上げる。

「降ってきましたね」
「そうだね」
「ウレレ先輩、傘は?」
「ない。だから濡れていくよ」

ちょっと夕食をとりに宇宙人街をぶらついて、建物から出たらこんな空だ。
天気だった夕方が嘘のように、降ってきた。
ここから宇宙船を止めている駐船所まで結構距離があるけど、仕方ないから濡れていこう。
地球の天候や四季を感じられるのは、むしろいいことかもしれない。

「僕が宇宙船をまわしてくるから、ここで待ってて。すぐ迎えに来るよ」
「あの、これ使ってください」
「これは、折り畳み傘?準備いいね」
「そんなことないです」

彼女が差し出した傘は小振りで、シンプルな色だった。
開いてみて雨空に掲げたとき、ひゅうと風が吹き、冷たさに身を竦ませた。
同じく悲鳴を上げた彼女を見て、僕は少し哀れになった。
こんな雨の中を一人置いていくなんて。

「ねぇ、一緒に行こうか。それなら手間も省けるし、早く温まりたいし。ね?」
「あ、はい、でも」
「大丈夫。傘が一つでも二人で使えないことなんてないんだから、さ」

右手で持った傘を掲げ、おいで、と誘うと恥らいながらも君は僕の言う通りにする。
雨の中、二人で相合傘をして僕らは歩く。
傘から雨音がとつ、とつ、とつ、と鳴ってくる。
密着した僕らは、すこしどきどきしながら、恐る恐る歩いていた。

会話の無い僕らをはやすように、風が吹く。
強く、吹く。
叱るように、楽しそうに、怒りっぽく、嬉しげに、吹いていた。

君がくれた傘は小さくて、でもそれが僕らを近づけるキーアイテムであって、そんなことを意識してしまう自分を自覚する。
雨も風も傘もシチュエーション的には完璧なんだけど、僕はこれ以上のコミュニケーションを思いつかず、自然に叱られている気分でいる。

また、風が吹く。

「寒い…!」
「本当だね。まだ春先だからね。早く戻ろうね」
「というわりにはのんびり歩いてますよね。楽しんでません?」
「楽しんでるなぁ。楽しいもの。楽しくないのかい?」
「…少しだけ楽しいです」

ならよかった。

ひやり、と左肩が冷えた。
右手で傘を持ち、彼女の居る右側に傘を僅かばかり傾げさせていた僕は、左半身を少し雨に打たれていた。
彼女が濡れないことが重要で、献身的な自分に酔った僕はそれでも心中の寂しさを拭えない。

今以上に、これ以上に、もっと君に好かれたいとは思うんだけど。
方法が見つからないんだ。
おかしいよね。侵略方法は次から次へと売れるほど思いつくのに。

君へかける言葉や、どんなことをすれば君に好かれるかなんて、マニュアルに書いてなんかないんだから。

満足に君に好かれる自信が持てない。

でも、雨が降って、風が吹いた。
君が傘を貸してくれた。
その優しさが、僕を少し勇気付ける。

叱咤激励鼓舞するように、また、風が吹く。
強く、吹く。

「寒い!」
「こっちおいで」
「え?」
「ね」

傘を持つ手を持ち替えて、右手で彼女を抱き寄せた。
ぱらぱら、と均衡を崩した傘から雨粒が零れる。

左肩に滴る雨。

近くなった距離でやっと見えた、君の切羽詰まったような、僕への好意が見える顔。
それが、こんなにも嬉しいなんて、僕は君のことがどうしても好きなんだろう。

舞い上がって早歩きになりそうなのを必死で抑えた。

幸せなこのひと時を、すこしでも永く楽しみたいから。





END.

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ