おはようからおやすみまで

□上は大水下は大火事
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「きみは困らせたくなる。」


クリーム色を基調とした1DKの部屋で若葉色に染まったネコっ毛を弄びながらゆぅは笑った。


「……あのねぇ…」


部屋を占めるのはそんなクリーム色と彼のカラーでもある緑色――もとい観葉植物たちで、その真ん中にダイニングには少しばかり大きめの革張りで鳶色のソファーが置かれている。
そのソファーの上で男――みどりが至極まじめに、至近距離から覗き込む茶色い眸に呆れたようにため息をついた。


「……ゆぅ、どいて。テレビ見れない。」


纏わりつくように引っ付いたゆぅを懐く子犬宜しくむんずと襟首をつかんで押し戻すが大した力はない。


「そんなこと云って、本気じゃないくせに、」


カラカラと悪びれもせずにみどりに笑いかければそのまま腕を回して抱きしめる。


「イヤなら本気で拒絶してみろ。」


そう揶揄する声は冗談めいて弾むのに首に回した腕はそうはさせまいと力が込められて苦しそうにみどりは眉根を寄せた。


「…判ったから、力抜いて。窒素しちゃうから俺。」


軽口とも本気ともとれる声で囁けば少しだけ腕の力が弱まる。


「……あぁ、もう
、」


億劫そうに纏わりついたゆぅを抱きすくめるように頭を撫でた。


「せっかくデカいソファーを買ったのに意味ないだろ?」


相変わらず億劫そうに、けれどどこか柔らかくみどりがゆぅの短い髪を梳く。


「何のために買い換えたと思ってんのゆぅ?」


至極当然に大人二人を余裕で座らせられるソファーを一瞥して嘆息。


「きみがソファーで寝ちゃっても寝返りが打てるから?」

「…あのねぇ…」


つい先日のゆぅのセリフを思い出す。


『この椅子、硬くてイヤ。自慢のお尻が凝っちゃう!だからソファー買いに往こう!!今すぐ!!!』


有無を云わせず引っ張って往かれた先はコジャレたアンティーク家具屋。
ゆぅがコレが善いと推したソファーの破格外にも法外なお値段の決してお財布にもココロにも優しいとは云えない価格で、
幾ら何でも無理だからと正論を云うも聞き届けられる訳はなく、ゴネたゆぅに
『1DKでこんなの置いたら狭い家にピアノを押し込むようなモノだ』となんとか丸め込んで、
それじゃぁと次に呈示された店へ往けば誰が見ても良心的な値段の
財布に、いやいや、ココロに優しい値段のソファー。

詰まるところ現在鎮座しているソファーを購入した訳だがしかしどうあったってゆぅは大人しくソファーに座る気は皆無らしく冒頭からずっとみどりの上に鎮座し続けている訳であるが、


「…本気でどいて。押し倒すよ?」


生憎優男の称号を頂いているとは云えこんななりでも男はオトコ。
大人しく座られていたならまだしも抱きつかれた状態で辛くないはずはない。


「―――――っ!」


肩を押されてガバリと離れたゆぅの顔を覗き込んで意味深にみどりが笑う。


「…誘ってんならそう云って。」


耐えて損した、惚けた眠気眼に間違い無く書かれた文字にゆぅは赤面したままみどりの上から飛び退いた。


「…俺に云わせればさゆぅ、」


開けた距離をジリジリ詰めながら至極優しい口調でみどりは口元だけ笑んでみせる。


「最後にこーゆーサプライズがあるなら困った子のお願いも叶えてあげたくなるわけだけど…」


ニッコリ弧を描く唇に反してソファーと同じほど深い鳶色の眸が獲物をとらえた猫のように光った――ようにゆぅには見
えた。


「例え草食系だって云ってもね、オトコはオトコなんだよゆぅ。」


長い腕に抱きすくめられ仰向けにされればそのまま両手首を頭上で一括りにされる。
見開かれた眸が愉しげにゆぅを映して笑う。


「暴君を丸め込む陰の首謀者、て、憧れるね…」

「………もう丸め込んでる…。ムッツリ、ムッツリみどりちゃん!!」


心外だと云いたげに少し寄る眉根。それでもやはりどこか愉しそうで密かにゆぅが息を逃がした。
つまるところそんなみどりが気に入ってるのだ。
なにを云っても受け入れてくれること、困ったことにも律儀に反応してくれるとこ、それでもキチンと叱ってくれるそんな優しいところ。
いくらゆぅが暴君であろうと結局決定権はみどりにあるのだ。


「…強かなムッツリめ……」


ふっと柔らかく微笑んでみどりは顔を寄せる。


「そりゃ善い趣味をもってるよゆぅ。」

「何でアタシ…」

「そう云うヤツをゆぅが選んだからだろ?」

「…………だからきみは困らせたくなるんだ…」




 
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