04/04の日記

13:48
月籠の契り
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もの心がついた時には、すでにこの籠の中にいた。

そこは俺の世界の全てで、その外に広がる世界があるなんて知らなかった。

外の世界があることを知ったのは、俺が8歳だった時。
初めて兄さんについて客にお茶を出しに行った時。外から来たその男は、見たことない黒い着物をきちんと来ていて、背筋を伸ばして座敷に座っていた。

俺達がいるこの屋敷では、兄さんたちは色鮮やかな着物を少し着崩して着ているから、こんなにシンプルで落ち着いた色の大人の着物を見たのは初めてだった。

兄さんは俺達と話す時とは違う艶やかな笑みを浮かべて、男の正面に座って楽しそうに話していた。

男の話は外の世界の話で、俺はその時初めてこの男が外から来た人で、外にも世界があることを知った。

外の世界の話は楽しかった。
この屋敷よりもっと広くて、たくさんの人がいて、いろんな出来事が溢れているらしい。
二人の会話の中でちょこちょこ出てくる『おんな』って奴は、どうやらわがままで嫌な奴らしい。ここには『おんな』なんていないから、どんな奴なのかは全くわからないけど。



「コウ、今夜はもういいよ。下がってお休み」

「あ、はい。失礼いたします」



本当はもっと色んな話を聞きたかったけれど、兄さんがそう言うなら今日はもうここで終わりだ。
これから兄さんは客と夜を共にする。

それがここでの俺達の仕事だ。

部屋を出て、襖を閉めれば中からはクスクスと抑えたような笑い声や囁き声が聞こえ、それは次第にきぬ擦れの音に掻き消されていく。

俺は早足にその場から去った。



この屋敷では、毎晩兄さんたちが色んなお客を相手にしている。
俺もいつかは客をとらなければいけない。
それがどんなことなのか。今はまだ習ってはいないけど、あと数年もすれば教えてもらえるはずだ。

早く知りたいような、知りたくないような。自分でもよくわからない。でも、わからなくてもいつかその日は来る。
だから俺はそれを待てばいいだけ。



団体客用の部屋の横を通った時、突然襖が開いた。
暗い廊下を通っていたから、部屋の中から溢れた明るい光に思わず目を細める。



「あ、ごめん。眩しかった?」



まだ声変わりしていない高い声がしたと思ったら、薄暗闇が再び戻って来た。



「君、ここの人?」



蝋燭の光に照らされたその顔は、まだあどけなさを残していて、自分とはそれほど歳も変わらないようだ。



「はい。…えと、お客さん…ですよね?」



年端もいかない少年は客というには些か不似合いで、思わず怪訝な顔をしてしまう。
けれど少年は特に気にした様子もなく、ニコニコと嬉しそうに笑っている。



「客といえば客なんだけど、ただの付き添い。俺の上の人がここの常連なんだ」



大人ばっかでつまんなくてさー、と話す少年はどうやら歳の近い自分と会えて喜んでいるようだった。



「俺、浜田良郎。君は?」



人懐っこい笑みは、ここに暮らす誰も持っていない光に満ちていて、なんだかとても眩しかった。



「え…と、泉…孝介」

「良郎」



突然部屋の中から太い声が響いてきた。
どうやら少年の雇い主らしく、少年はヤベ、と顔をしかめた。



「泉、ね。じゃあまたね」



慌てて部屋へ戻っていく少年を見送ると、泉はしばらく立ったままだったが、早く戻らねば叱られることを思い出し、急ぎ足で寝室まで駆けて行った。









部屋の窓から空を眺めれば、綺麗な満月が暗闇を照らしている。
屋敷は所々薄い明かりが付いているだけで、静寂に包まれている。



「浜田…良郎」



初めて出会った、外から来た男の子。



「また、会えるかな…」





それから数年後。

再会した二人は、数奇な運命を辿ることになる。








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なんて終わらせてみたり(笑)
無駄に長い。
続きは書けたら書いてみたいな。という感じです。

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