休息は君の隣で。

□秘めた想い、呼ぶは君の名
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「レン、このお皿あっちに持ってってくれるかい?」

「う、ん!!」

「イズミはこっち手伝ってー」

「おー」



夕飯時、テキパキと指示を出す俺と一緒に今日の料理当番である三橋と泉が台所で慌ただしく動き回っていた。

いつもの光景。

つかの間の平和な時間。

それが油断を生んでいたのかもしれない。



「なぁ、思ったんだけどさ」

「どうしたんだい?イズミ?」

「なんでサージュは俺だけ名字で呼ぶんだ?」



まさか、君がそれに気付いていたなんて、思いもよらなかったんだ。













   『秘めた想い、呼ぶは君の名』














「あ、いや、別に嫌だってわけじゃねぇよ?」



ただ疑問に思っただけで、と慌てる泉は、どうやら俺が呆然としていたのを悪い意味で取ってしまったらしい。



「……イズミって、なんだか名前みたいだったからつい、ね」

「あー、それよく言われる」



今日の夕飯であるチキンソテーを11人分の皿に振り分けながら膨れたように泉が言う。



「名字で呼ばれるの、好きじゃないの?」

「別に。皆名字で呼ぶし。むしろ名前呼ばれるよか良いかも」

「なんで?」



ただ純粋に疑問に思ったので質問してみると、泉は少し俯いて皿をコトッと置いた。



「名前で呼ぶの、家族と…あいつだけだ。他の奴に呼ばれると、変な感じがする」



これは、不意打ちだった。


無意識に顔が赤くなるのがわかった。泉はまだ俯いているので、こちらの様子に気付いてはいないようだ。それにホッとして、今のうちに頑張って平常心を取り戻す。




俺は普段、泉のことを名前で呼ぶことはない。
ずっと名字で呼んできたっていうのもあるし、人前で名前を呼ばれるのを泉は凄く恥ずかしがるからということもあるからだ。だから二人きりの時や、特別な時しか泉の名前を呼んだりしない。

だからこそ、この世界でも無意識のうちに泉のことを『コースケ』ではなく『イズミ』と呼んでいたのだ。

その無意識を、泉は見逃さなかったんだ。





まだ自分が『浜田良郎』であることを知られるわけにはいかない。知られてしまっては創造主に自分の居場所を教えてしまうことになってしまう。

けれど、泉たちに嘘をつくのはとても辛い。
なにより、この広い、未知の世界で自分を捜す泉の姿を見るのは堪え難い辛さがあるのだ。

自分を見つけられず泣いていたのも知っている。皆でいても時々ぼんやりと遠くをみているのにも気付いている。


自分はここにいるのに言えない。


泉が泣いているのに、抱きしめることも出来ない。


時々、すべてを投げ出してしまいたくなる時があるんだ。泉を苦しめてまで、なんで俺がこの世界を守らなきゃいけないんだって、思う時があるんだ。




「イズミは、なんでその人を探すんだい?この世界に来ているかもわからないのに」



泉が自分を探さなければ、きっとこの迷いはなかったはずなんだ。
それでも、泉が探してくれることに深い喜びを感じてしまう。



「…俺がいんのにアイツがいねぇなんて、嫌だから」



ほら。

ポツリと呟かれただけのその言葉に、喜びが沸き上がる。



「アイツは絶対こっちに来てる。だから探すんだよ」



真っすぐに前を見つめるその視線の先には、きっと俺の姿が浮かんでいるんだろう。

そのことが、どうしようもなく嬉しい。



「お皿!持って 行った、よ!」



トタトタと軽快な足取りで三橋が戻って来た。
それにハッと我に帰ると、直ぐさまサージュの表情を造った。



「こっちもちょうど終わったし、全部運ぼうか」



気持ちをさっと切り替えて、泉と三橋に笑顔を見せる。


この10年で、そんなことばかりが上手くなってしまった。



「おい三橋!無理すんなよ!」



一気にお皿三枚を持っていこうとする三橋を泉が慌てて止めている。
きっと泉の頭の中にはさっきの話などすでにないだろう。


でも、それでいいんだ。


俺が俺であることに、まだ気付かないで。


君を傷付けているのはわかってる。


けど、それでも。





今の君を護るには、これしか方法がないんだ。







少し危なっかしく料理を運んでいく二人の姿が離れて、俺は小さく呟いた。





「ごめんな、孝介」






君への想いを胸の内に秘めて




誰にも届かないほど小さな声で




君の名を呼ぶ










おしまい





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