不透明な僕らは、

□過去編
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dull life









白い息に混じって、タバコの白い煙が暗くなり始めた空へと溶けていく。
先日降った雪は、積もりはせず道路にポツポツと水溜まりを作っただけだった。
その水溜まりの一つに吸いかけのタバコを落とせば、ジュッという音と共に赤く燻っていた火が消えた。

寺崎真司は黒いロングコートの襟を立てると、風を遮るために肩を竦めながら顔に近付けた。



人通りが少ない路地裏は、建物の隙間が風の通り道になっているため、時折強い風が吹く。
寺崎はその冷たい風を避けるようにあるビルの中へと近づいて行った。
鉄製の扉のドアノブは、刺すような冷たさを手の平に与える。
寺崎は急いでノブを回すと、僅かに開いた扉の隙間から滑り込むようにビルの中へと入って行った。

カンカンカン、と地下へと続く階段を下りていけば、賑やかな音楽が響いて来た。
階段先の開けた部屋では暗い色をしたライトが申し訳程度に部屋を照らし、カウンターやソファでは人々が早めの晩酌を楽しんでいる。

カウンター席の一つに座っていた男は、寺崎の姿を見ると片手を上げた。



「お、真司じゃねーか」

「おう」



寺崎は男の隣に腰掛けると、バーテンダーに向かってウィスキーを頼んだ。



「まだ打ってんのか?」

「ん?ああ、まぁな。時哉は何してんだ?」



バーテンダーが音もなくカウンターに置いたグラスを受け取ると、寺崎は間嶋時哉とグラスを合わせた。
カチンッと高い音が二人の間に響く。



「俺は相変わらず頭下げ回ってるよ」



自嘲しながらカクテルを一気に流し込む時哉は、寺崎を見た。
何か言いたそうで、それでも少し躊躇しているのか、時哉は空になったグラスを弄んでいる。



「…もう博打は止めたらどうだ?」

「なんだよ、いきなり」



ぽつりと呟いた時哉のセリフに、寺崎はグラスをテーブルに置いた。
少し離れた場所ではバーテンダーがアイスピックで氷を丸く削っている。削られ、飛び散る小さな氷の破片がライトの光を乱反射させ、キラキラと綺麗に輝いている。



「もういい年なんだし。お前ならどこだって行けるだろ?」



時哉は同じものを、とバーテンダーに向かって一差し指を上げる。
バーテンダーは頷くと、シェイカーにリキュールを注ぐ。



「……まだ興味ない…か?」



どこか諦めたような苦笑を浮かべながら、時哉はグラスを傾ける寺崎を見る。
寺崎がグラスを傾ければ、空になりかけたグラスがカラン、と甲高く鳴った。



「俺だって今の仕事が楽しいわけじゃないさ。でも、嫌でもしなきゃならないこともある」

「…俺は今がよければそれ以外どうでもいい」

「真司…」



グイッとウィスキーを喉に流し込めば、チリッとした熱さが喉を焼いた。
しかし、それくらいでは寺崎は酔ったりはしない。自分の酒の強さは熟知している。



「俺は自分の未来にも興味が沸かない。なんでかはわからないけどな」



氷だけが残ったグラスを軽く回せば、それに合わせるように氷がカラカラと音を立てながら回る。

ぼんやりする寺崎を、時哉はなんとも言えない表情で見る。
時哉の前にバーテンダーが濃いめの琥珀色をしたカクテルを置いた。



「でも、俺は時々お前が羨ましくなる時があるよ」



グラスをバーテンダーに渡しながら、寺崎は呟く。
その言葉に、時哉はどこか驚いたように寺崎の顔を見た。



「何に対しても興味が持てないってのは、つまらないもんだからな」

「………」



寺崎はテーブルにお札を一枚置くと、椅子から立ち上がった。



「またな」

「…真司!」



そのまま立ち去ろうとする寺崎に、時哉は思わず声をかけた。
寺崎が時哉を振り返れば、時哉はまだ少し迷いのある目で、それでも真っすぐに寺崎を見る。

寺崎はそんな時哉の瞳が、なんだか眩しいものに感じた。



「…いつかきっと、お前にも見つかるよ。興味が持てるものが」

「………」



ふ、と小さく笑うと、寺崎は片手を上げて階段に足をかけた。
カンカンカン、と金属的な音が耳に響く。

カチャリ、と扉を開けば、すっかり暗くなった通りから冷たい風が吹き込んでくる。



街灯の光も届かない通りは暗く、僅かばかりの月明かりだけが頼りだ。


アルコールによって少しだけ火照った体は、どこか軽い。
コートのポケットからタバコを取り出すと、寺崎はその煙を大きく吸い込んだ。



「きっと見つかる、か」



出掛けの時哉の言葉が脳裏に過ぎる。
寺崎はフゥと煙を吐いた。





ああ、つまらない。


この世界には、面白いことなんて何もない。


中でも1番つまらないもの。



「それは、俺自身…だな」



ポツリと呟いた言葉は、突然吹いたビルの隙間風に飛ばされて、寺崎の手には届かないどこかへと消えた。

高いビルの真上に、満月が見えた。
月の光は寺崎を照らし、足元に闇より暗い影を作る。

口にくわえたタバコは、苦い刺激だけを舌に与える。
寺崎は何となく可笑しくなって、フッと小さく笑った。



「あーあ。つまんねぇな」



吹きすさぶ冷たい風に押されるように、寺崎は行き先も決めないままに歩き始めた。






THE END






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