不透明な僕らは、
□過去編
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A thing at work
「あれ?木之下チーフなんでいるんですか?」
カタカタと休む間もなくキーボードを叩いている木之下裕也の背後で、呆気に取られたような声が上がった。
木之下は手を止めて長時間一体となっている回転式の椅子と共に振り返った。
そこには予想通り、ポカンと口を開けた崎山亮が大量の書類を両手に抱えて立っていた。そんな崎山を見て、木之下は軽く眉間にシワを寄せた。
「お子さんの誕生日、今日じゃなかったですっけ?」
崎山の言葉に、木之下の眉間は更に深いシワを刻む。
すると、木之下の斜め向かいのデスクに座っていた原幸枝が崎山に向かって声をかけてきた。
「仕事で帰れなくなっちゃったのよ」
「え!?もしかして有休取り忘れたんですか!?」
信じられない、とでも言うような表情を浮かべる崎山に、原を含めたその場にいる同僚達全員があちゃーと言う顔をした。
「お前が持ってるその書類のせいだ!阿呆!!」
「うわぁっ!」
突然立ち上がった木之下に、崎山は驚いたように一歩後ずさった。
その拍子に一番上に乗っていた書類が床にパサッと落ちた。その書類には、大きな文字で『始末書』と書かれている。
その書類を見て、木之下のこめかみがピクリと動いた。
「お前ここに入って何年目だ!!あんなミス、新人でもしないぞ!!」
「す、すいません!!」
チーフモードの木之下に怒鳴られ、崎山は思わず姿勢を正す。
そこまでは良いのだが、姿勢を正した時、一緒に両手までピンと伸ばしてしまった。突然支えを失った書類の山は、重力に耐え切れずバサバサと床へ散らばる。
まるでコントのような失態に、部屋には崎山と木之下以外のため息が溢れた。
「さぁぁきぃぃぃやぁぁぁまぁぁぁぁぁ!!!」
「す、すいまっせーん!!!」
ヒィィと、情けない叫び声を上げながら逃げ出す崎山を、俊敏な動きで木之下は追いかける。
その動きは何年もデスクワークをしてきた人間とは思えないほど素早い。
崎山が廊下へと逃げ出したため、一気に静かになった管理室ではまたため息の嵐だ。
「あれで1番仲良いんだからワケわかんねぇよなー」
「出来が悪いヤツほど可愛いってやつじゃない?」
肩を竦めながら首を振る佐伯に、原はクスクスと笑いながらそう言った。
「今日は何分で捕まると思う?」
「ん〜…5分!」
「夕飯賭けるか?」
「いいわよ?」
ニヤッと笑う原に、佐伯も負けじと笑い返す。
すると、その話を聞き付けてか、原の隣のデスクに座る遠藤も乗って来た。
「お!俺もまぜて!」
「俺も俺も!」
遠藤を皮切りに、管理室は一転、賭博会場へと変貌した。
ワイワイと盛り上がる中、木之下が崎山の首根っこを捕まえて戻って来た。
「お前ら!また俺達で賭けてやがったな!?」
「チーフ!新記録ですよ!!」
「うるさい!佐伯!」
佐伯と木之下の掛け合いにドッと笑いが起こる。
木之下は崎山を先程のプリントの上にドサッと落とすとため息をついた。
「…ったくお前らは…。今日の賭はなんだ?」
「夕食ですよ」
片手で顔を覆い、うなだれる木之下に原が答える。
「負けたのは?」
「コイツですコイツ」
続いて答えたのは遠藤だ。
遠藤の指の先にはアハハ、と気まずそうに笑う中山の姿があった。
「中山か。折角だ。俺も奢ってもらうぞ?」
「えぇ!?チーフもですかぁ!?」
中山はショックを受けたように顔を青くした。
そんな中山を見ながら木之下は笑う。
「人で賭しやがった罰だ」
「あ、じゃあ俺も!!」
「お前は中山と割り勘だ!!」
「えぇ〜!!!」
笑う木之下に便乗して挙手をした崎山の提案は当然ながら却下された。
崎山は中山と同じく顔を青くして「給料日前なのにぃ!!」と叫んだ。
そんな崎山を見て、管理室はまた笑いに溢れた。
「ほら!さっさと仕事しないと夕飯食いっぱぐれるぞ!」
「Yes,Boss!」
業務さながらの元気の良い返事を返してそれぞれが再び仕事へ取り掛かる。
さすがに公私の切り替えは早い。
改めて関心しながらも、木之下もまた仕事へと戻る。
定時に全員仕事が上がれば、今日くらいは奢ってやるかな。
そんなことを考えて、木之下はデスク脇に置いてある写真立てを見た。
そこには去年、美砂の誕生日に撮った家族三人で写った写真が飾られている。
「あぁ〜…!」
ふと、背後から聞こえて来た声に振り返る。
どうやら崎山が書類の山をまたひっくり返してしまったようだ。
定時上がりは難しいかもな
一生懸命書類を集める崎山を見て、木之下は頬を緩めて小さく笑った。
THE END