不透明な僕らは、

□最終章
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寒波が過ぎ去り、色が戻ったばかりの空を窓越しに見上げていると、カタッと音がして、寺崎は顔を向けた。



「もう行くのか?」



立ち上がった少年を見て、寺崎は驚いたように目を見開いた。
少年は、すぐに歩けるような体ではないほど、酷い怪我をしていたからだ。



「はい。…助けてくれて、ありがとうございました」

「そりゃ別に構わないけど…」



寒波が収まったばかりの外に出ていくのは自殺行為にほかならない。寺崎はどうしてまだ子供である少年がこれほどまでに無理をしているのか、不思議でならなかった。



「約束が…あるんです」

「約束?」

「はい。絶対、守らなきゃいけない約束が…」



少年はそう言い残すと、小さな男の子の手を引いて、白い白い世界へと歩き出した。

寺崎は、少年たちを見送りながら、その世界の眩しさに目を細めた。









寺崎が少年を見つけたのは偶然だった。

あと数時間で寒波が襲ってくる、あの朝。
寺崎は一人、窓の外を眺めていた。次第に弱まっている雪は、恐らく寒波の前触れなのだろう。
視界は開け、太陽が顔を出した世界は空も、地面も白く、この世のものとは思えない程眩しかった。

そんな白い世界に、黒い影が見えた。

なんだ?と思い、目を凝らしてみると、小さな男の子が、自分の数倍もある少年を引きずっていたのだ。

間もなく、ここには寒波がやってくる。

そうなればあの少年たちは一たまりもないだろう。


寺崎は、考えるよりも早く家を出た。


先の津波に飲まれたのだろう。少年はぐったりとして意識がない。
寺崎は泣いている男の子を宥め、自分よりもがたいがいい少年を担ぎあげた。



これまで、自分はのらりくらりと生きてきた。


何にも執着せず、何にも干渉しない。


自分が生きるかどうかも、ただの賭だと思った。


それが悪いことだと思ったことはないし、それでいいと思っている。


あの少年を助けるとき、初めて一生懸命になった気がする。


普段なら諦めてしまうようなことに、あの時だけは考えるよりも先に体が動いた。


不思議な感覚だった。


けど、


「悪くは…ないかな…」


フッと笑って、寺崎はのんびりと部屋へ戻って行った。















「………ん…?」



眩しさを感じて、泉は目を覚ました。
パチパチと、火が爆ぜる音が静かな空間に響いている。



いつの間に眠ってしまったんだろう。



ぼんやりする頭で周りを見渡すと、凍り付いた扉が目に入った。
そして、それをきっかけに全てを思い出した。















「氷が…!!!」



床を侵食し、段々と迫ってくる氷に沖が悲鳴を上げる。
誰もが扉から少しでも離れようと後ずさる中、阿部が火がついた本を一冊凍り付いた床に向かって投げた。



「……と、止まっ…た…?」



ゆっくりと進んでいた侵食が勢いを失っていき、ついに止まった。

一分が経ち、二分が経ち、それ以上侵食が進まないことを確かめた泉たちは、力が抜けたように座り込んだ。



「た…助かった…」



誰もが安堵のため息をつくと、三橋が突然倒れた。



「三橋!?」



阿部が慌てて三橋を抱き抱え、顔を覗き込む。



「大丈夫か!?」



巣山たちも阿部の周りに集まり、三橋の様子を伺う。
すると、阿部ががくりと肩を落として溜息とも安堵とも取れる息を吐いた。



「…寝てる」

「はぁ!?」



阿部の言葉に、巣山は三橋の顔を覗き込む。すると、三橋はスピスピと気持ち良さそうに眠っていた。



「ずっと寝てなかったもんね」



あはは、と力が抜けたように沖が笑うと、部屋の中は笑い声で満たされた。



「あー、ダメだ。俺ももー限界!」

「俺も…無理かも」



三橋に続いて、水谷と西広が大きなあくびをして床に寝転んだ。
それにつられるように、次から次へと眠りについていく。

最後に残ったのは、泉と浜田だ。



「緊張感ねぇなぁ」



あはは、と笑いながら床にごろ寝する仲間たちに、泉も床に胡座をかく。



「みんな良く頑張ったからね。泉も、お疲れ様」

「マジ疲れた」

「アハハ。じゃあ、泉もちょっと休みなよ」

「………浜田」

「ん?」



ソファに背中を預けながら床に座る泉の頭をゆっくりと撫でる浜田に、泉は気持ち良さそうに目を閉じる。



「…お前が生きてて、良かった」

「……うん」



心地良い感触に身を委ね、そのまま泉は意識を暗い闇へと沈めた。















「そっか…。俺達、助かったんだ」



キラキラと窓から差し込む光を眩しそうに見ながら、泉は呟いた。
時計を見れば、すでに11時を回っていた。



「おい、栄口!起きろ!」



近くにいた栄口を揺さぶって起こす。
少し悪いかな、とも思ったが、外の様子を確かめたかったからだ。



「ん?泉?……えー…と」



目を擦りながら起き上がった栄口は、ぼんやりと視線をさ迷わせると、先ほどの泉と同じように辺りを見渡した。



「あ!寒波!!お、俺達生きてる!?」

「生きてる生きてる」



寝ぼけている栄口にクスクス笑いながら、泉は他のメンバーを起こしにかかった。



「外に出てみようぜ」



無事全員起きたのを確認すると、泉は凍り付いた扉を指差した。



「でも、危なくない?」



まだ少し眠そうな水谷が心配そうに首を傾げる。
泉は立ち上がり、先ほどちらりと見えた窓の外をみんなに見せるため、凍って少し固くなった窓を全開にした。

部屋の中に歓声があがる。



「空が…!!」

「色が戻ってる!!!」



全開にされた窓からは、綺麗な水色の空がどこまでも広がっていた。



「外に出よう」



誰が言うともなく、その意見は受け入れられた。

巣山と阿部が凍り付いた扉を蹴り倒すと、誰もが浮足立つ気持ちを抑え切れず外へと向かった。






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