不透明な僕らは、
□最終章
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「世界中で起こった巨大地震を始めとする数々の自然災害。私たち人間は、自然の猛威の前に成す術もありませんでした。
世界中で死者は1億人を越え、怪我人は3億人以上と予想されています。
現在でも災害の爪痕は様々な場所で見受けられ、人々の心の傷は未だ癒えることはありません。
空から色が消えた3日間。その時間は短いようで、永遠にも感じる時間でした。
今回の自然災害は、私たちに一体何を伝えようとしたのでしょうか。
残されたこの美しい世界。それを汚していた私たち人間への、神から与えられた罰だったのでしょうか。
たとえ…、たとえそうだとすれば、神はなんと酷い罰を御与えになったのでしょう。
私たちが得たこの美しい世界の代償は、あまりに大き過ぎるものでした。これから私たちは、与えられたこの世界で、どのように生きて行くべきなのでしょうか。
今、改めて生き方を考えていく岐路に、私たちは立っているのです」
カメラの後ろから見えるディレクターのサインを受けて、妃玲奈はマイクを下ろした。
ふぅ、と息をつくと、ヘリコプターの窓から町を見下ろす。
災害が終わって4日が経つ。
まだまだ現状は思わしくなく、未だ瓦礫に埋まっている遺体の回収作業は続いている。
聞いた話によると、最後に襲って来た寒波は、遺体を綺麗に保存してくれているらしい。
なんとも皮肉な話だ。
玲奈はこの災害で、家族を失った。
眼下で動き回る人々も、遺体の回収作業に終われる人たちも、みんな何かしら失ったものがあるのだろう。
けれど、時間は止まってはくれない。
悲しみにくれながらも、人々は徐々に、けれど確かに元の生活へと戻り始めているのだ。
現に、自分だってこうしてアナウンサーの仕事を再開しているのだから。
「美しい世界…か」
ポツリと呟いた言葉は、ヘリコプターのエンジン音に掻き消され、誰にも届かない。
あの災害は、まるで今までの汚れを洗い流す掃除のようだと玲奈は感じていた。
人間が蓄えていった汚れ。
所狭しと並ぶビルは、地球から見ればこびりついたカビみたいなもので、車や工場からでる汚れた空気は、空気中を漂う埃みたいなものだったのだ。
地球はそれを、一掃しようとしたんだ。
まるで、人々が年末に家の大掃除をするように。
だって、こんなに空気が透き通ってる。
玲奈の視界は、どこまでも見通せるくらいに遠く、広い範囲を映し出す。
遮るものが、何もないからだ。
「透明な、世界」
呟く言葉は、誰にも聞こえない。
けれど、玲奈はそれでいいと思った。
透明で美しい世界は、私たちに教えてくれる。
私たちが犯してきた間違いを。
私たちが大切にしなければならない明日を。
言葉よりもずっと、雄弁に。
地上へと近付くヘリコプターの中で、玲奈は目を伏せた。
まるで、天に祈るように。
「あなた!!」
救助用のヘリコプターから降ろされ、ガタガタと酷い振動に揺さぶられながら救急車へと移動している最中、ヘリコプターの煩い羽音に掻き消されそうになりながらも、その声は確かに聞こえた。
「嘉穂…!!美砂!!!」
固定された首を無理矢理動かせば、汚れた恰好で、それでも元気そうな姿の妻と娘の姿が目に入った。
「あなた!!良かった…!良かった!!」
「パパ!パパぁ!!」
泣きながら抱き着いてくる二人を受け止めながら、木之下は嬉しそうに顔を綻ばせた。
怪我の痛みなど、どこかに吹き飛んでしまったようだ。
「無事だったんだな…!心配したぞ」
「ふふ、私たちは、あなたが無事だったこと、分かってたわ」
涙を零しながら微笑む妻に、木之下は不思議そうに目を丸めた。
美砂は小さな両手で木之下の手を握ると、ニコニコ笑ってだってね、と楽しそうに話し出した。
「パパの声、聞こえたよ!美砂たち、ずっと聞いてたよ!」
「パパの…声?」
困惑した表情を浮かべる木之下に、嘉穂と美砂は顔を見合わせて楽しそうに笑いあっている。
「ラジオ。あなたでしょう?」
助け舟を出すように、嘉穂がウィンクをすると、ようやく納得したのか、木之下は笑顔を見せた。
「届いてたんだな…ちゃんと」
「ええ。お陰で助かったわ」
娘の手を握り返しながら、木之下は泣いた。
自分の声は、ちゃんと家族に届いていた。
ちゃんと自分は、家族を守れたのだ、と。
「パーパ!泣いちゃダメなのー」
美砂は久々に会う父親にはしゃいでいるのか、楽しそうに木之下に抱き着いて来る。
そんな美砂の小さな頭を撫でながら、木之下は微笑んだ。
「ああ、美砂…大きくなったな。…遅くなったけど、誕生日、おめでとう」