不透明な僕らは、

□第8章
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「田島!!!」



膝下まで積もった雪は、泉の足に纏わり付いてスピードを殺してしまう。

けれどそれは田島にも言えることで、泉が学校を出た時、田島はまだ視界の範囲内にいた。

雪はまだ降り続き、強くなる風に乗って視界を遮るが、積もった雪のお陰で田島の足跡ははっきりとしている。

日が昇った空は相変わらず色みはなく、ただ雪の白さと同化する白い空が広がっている。



「田島!!」



田島の足跡を辿れば、人が一人分通った跡によっていくらか進みやすい。
そのお陰で泉はすぐに田島に追い付くことができた。

田島の腕を取って、泉は引っ張る。



「離せよ!!」



振り返った田島の顔は、涙で濡れていた。



「花井を、花井を探すんだ!!」

「ダメだ」



叫ぶ田島に、泉は静かに首を横に振った。
田島はピタリと動きを止め、肩を落とした。



「俺…どうすればいいのかわかんねェ…」

「田島…」

「……泉は…浜田がいなかった時、なんでじっとしていられたんだ?」



この悪夢が始まった時、泉の傍に浜田はいなかった。
どこにいるのかも、生きているのかどうかもわからなかった。

そして浜田がやって来て、自分の目の前で倒れた時。
赤い赤い血だまりに横たわる浜田を見た時。


自分が壊れてしまうのを感じた。



大切な人が傍にいない不安。


その人が目の前で消えてしまうかもしれないという恐怖。



今でも忘れられず、全てが鮮やかに脳裏に浮かぶ。
思い出せば奮える体に恐怖は染み付いてしまった。



なんであの時じっとしていられたか?



そうじゃない。



「怖くて、動けなかったんだ」



怖かった。

自分が受け入れられない事実を突き付けられるんじゃないかと思って。

もう、あいつはこの世界にいないんだって、事実を突き付けられるのが怖かったんだ。



「俺は、田島みたいな勇気は持ってなかった。探しに行くことよりも、その結果を知ることが怖かったんだ」



田島は、驚いたように泉を見つめる。
雪が少し、弱まったようだ。
先程よりもはっきりと田島の顔が見える。



「俺には、田島を止める資格なんてない。……でも、俺は田島を死なせるわけにはいかない」



グッと、田島の腕を握る手に力を込める。



「これは俺のエゴだけど、ぜってーオメェを連れて帰る。抵抗すんなら容赦しねぇ」



もう、手を離したくないんだ。



暫くの間、泉と田島は無言で互いを見つめ合った。
はらはらと降る雪が、二人の間を緩やかに舞っている。



「………花井は…帰ってくるかな…?」



ぽつりと呟いた田島の言葉に、泉は一瞬迷った。
しかし、決意したように田島を見返す。



「わからねぇ。…でも、花井は約束は破らねぇ。それだけははっきり言える」

「………」



迷いない泉の言葉に、一瞬田島は怪訝な表情を見せたが、次の瞬間フッと吹き出した。



「泉ハッキリし過ぎ。……でも、そうだよな。花井は約束、破んねーもんな」

「ゲンミツに、な」



いつもの田島の口癖を真似るように泉が言えば、田島は面白そうに笑った。



「俺、待つのキライだけど、今回だけは待ってみるよ」



白く煌めく眼下の町を見ながら、田島は言った。
視界を遮る雪は、いつの間にか止んでいた。















「あれ?泉たちは?」



本を山積みに抱えて戻って来た水谷はヒィヒィ言いながら床に本を置くと、そこに泉と田島がいないことに気がついて首を傾げた。
横では阿部が躊躇いもなく本を炎の中に焼べている。



「実は……」



心配そうに時計をチラチラと見る栄口が、それまでのいきさつを水谷たちに話す。

聞き終えた水谷は、慌てて時計を見た。



時刻は6時50分。

タイムリミットまで、残り約10分。
















「なんだ?アレ」



学校へ戻り始めた泉の後ろから、田島の声が聞こえた。
振り返ると、田島は立ち止まって町のほうを指差している。
光が反射して眩しいが、微かに町にはビルや建物の残骸らしきものが雪から頭を出している。

その奥の方で、茶色のビルが白く凍りついているのが視界に飛び込んで来た。


その白い氷は、まるで風が吹いてくるような滑らかさでどんどん建物を凍らせていく。



「走れ!!田島!!!」



白い氷の風は、正しく寒波だ。
泉と田島は走り出した。

道が出来ているとは言え、雪の上は走りにくいことこの上ない。
けれど、今はそんなことに文句を言っている暇はないのだ。

白い死神がすぐ後ろまで迫って来ていた。
















「泉!田島!!」



玄関で、栄口が二人を待っていた。
二人を見た栄口は、安心したように微笑んだが、泉たちが慌てて走って来るのを見て首を傾げた。



「栄口!!走れ!!!寒波だ!!!」



泉の叫びに、栄口は驚いて泉たちの後方を見た。
空には何もなく、寒波が来ているようには見えない。しかし次の瞬間、泉達の1kmほど後方に見える木が、見る見る凍り付いていった。
それを目にした途端、栄口は顔色を変えた。



「泉!田島!!急げ!!!」



泉と田島が玄関に飛び込むと、三人は一目散に職員室へと走った。

寒波は遂に校舎にも到達し、玄関から中へ、下から上へと建物を凍りつかせていく。



「三人とも!!早く中に!!!」



職員室の扉を開くと、休憩室の扉を開けて巣山が叫んでいた。
氷の波はすぐ後ろまで迫っている。


恐怖を覚えるほどの冷気は泉たちを包み込むように職員室の壁や床、天井を白く凍り付かせて行く。


三人はただがむしゃらに走った。

白い死神の手を振り払うように。



「巣山!!扉を!!!」



三人が休憩室に飛び込むと同時に、巣山は勢いよく扉を閉めた。
その瞬間、扉は白く凍り付く。



「火を!!」



西広が叫び、炎に本を投げ入れる。



それでも氷の侵食は止まらない。
泉の足元の床が、白い氷に飲み込まれた。














数分後。

寒波が去った空は、

目に痛い程綺麗な水色をしていた。






そんな限りない水色の空の下、


西浦高等学校は真っ白な氷に包まれた。







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