不透明な僕らは、

□第8章
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空が白み始めて来た。
夜明けが近いのだ。

三橋はプリントの束を空にしたストーブの中で煌々と燃える炎の中に投げ入れながら時計を見た。
時刻は5時30分。

あと1時間半で寒波が襲ってくる時間だ。


炎の暖かさによって、うつらうつらと眠気が襲ってくる。
流石に一晩中起きていると疲れて、体が休息を求めているのだ。



「三橋、大丈夫か?」



向かいに座る浜田が三橋に声をかけた。
痛み止めを飲んでいるとはいえ、浜田の顔色はお世辞にもいいとは言えない。
そんな浜田に気を使わせてしまった、と三橋は慌てて姿勢を正す。



「だ、だいじょぶ!だよ!!」

「そうか?眠ければ寝てていいよ?」

「は、浜ちゃんの方が、寝てなきゃ!」



今、三橋が座っているソファも、元々は浜田のベッドとして使っていた物だ。
慌てて立ち上がろうとする三橋を、浜田は笑って止めた。



「俺は大丈夫だって。ここ来てから大分寝たしな」



それが嘘であることは、三橋にも分かった。
ここに辿り着いてからの浜田は、確かにしばらく意識を失っていた。
あれは寝ているのではなく、気を失っていただけであり、気が付いてからは痛みと熱との戦いで、既に体力は限界を迎えているはずなのだ。

それでも、浜田は一度も痛みを訴えない。

皆が今の状況を切り抜けることで手一杯なのをわかっているからだ。



「浜ちゃ……」



三橋が何かを言おうと口を開きかけた時、職員室の方から誰かの怒鳴り声が響いてきた。



「な…なんだ…?」



ビクッと体を硬直させた三橋の向かいで、浜田も驚いたように職員室の方を見る。



「…三橋、見に行こう」

「う、うん」



三橋は浜田の体を支えながら、職員室へ続く扉を開けた。

















「あのくらいの炎じゃ、まだダメだと思う。プリントにも限りはあるし」



階段を上がりながら、西広は水谷たちと話していた。
今4人が向かっているのは4階にある図書室だ。

燃料が職員室のプリント等では足りないと判断した4人は、更なる燃料である本を求めて図書室へ向かっていた。



「なんだか凄く申し訳ない気分になるな…」



あまり本は読まない方ではあるが、やはり燃やすとなると抵抗がある。
巣山は小さくため息をついて、隣を歩く阿部を見る。



「まぁ、いい気はしねぇけど、命には変えられねェ」

「阿部って結構あっさりしてるよね」

「あぁ?」



はっきりと言い切る阿部に、水谷は肩を竦める。
そんな水谷を睨み付けて阿部は不機嫌そうに眉を寄せた。



「男らしいと言えば、男らしいよね」

「なんか、あんま褒められてる感じしねーんだけど」



アハハ、と笑う西広に、阿部は呆れたようにため息をついた。



「ま、なんにせよ時間はもう少ないんだし、急ごうぜ」



残りの階段を勢いよく上る巣山に、水谷も負けじと付いていく。
そんな二人を呆れたように見ながら、阿部はまたため息をついた。



「なんであんな元気なんだ?」

「二人にはたくさん本を持ってもらえるね」

「……西広って結構鬼だよな」

「え〜?そうかなぁ?」



クスクスと笑いながら階段を上って行く西広に見えないように、阿部は肩を竦めた。


















「ダメだ田島!!」

「うるさい!離せよ!!!」



休憩室から出て来た三橋と浜田の目に飛び込んで来たのは、職員室の入口付近で言い争う田島と栄口の姿だった。
その二人の周りには泉や沖もいる。



「花井はこのこと知らないんだ!!もし外にいたらどうすんだよ!!!」

「だからって、今から探してちゃ間に合わないだろ!!」

「間に合わせる!!!」

「そんなの無理だ!」



田島の腕を掴む栄口と、その手を離そうともがく田島。
二人の言い合いから、田島が花井を探しに学校から出ようとしていることが伺える。

浜田と三橋も慌てて4人がいる所まで歩み寄る。



「花井を放っておけるかよ!!」

「今出て行ったら田島だって死ぬかもしれないんだぞ!?」

「それでもいい!!」



気が高まっているのか、田島は顔を真っ赤にして怒鳴った。
田島が叫んだ言葉に、職員室に沈黙が落ちた。



「花井がいねェくらいなら、俺は…!」

「ざけんな!!!」



パンッと高い音が職員室に鳴り響いた。
誰もが呆気に取られる中、よろめいた田島は左頬を押さえて呆然と目の前に息を荒げて立つ浜田を見上げた。



「…んなことして、花井が喜ぶとでも思ってんのか?」



怒りが含まれた静かな声を、浜田は田島に向ける。



「なんで花井が田島をここに残したのか、わからないのか?」



町に下りることが、命を危険に曝すことだと誰もがわかっていた。
そして花井は自分自身で名乗りを上げ、メンバーを選んだのだ。

その中に田島を入れなかった理由は、誰でもない田島が1番よく分かっていた。


だからこそ、あの時田島は怒ったのだ。


花井の気持ちも分かっていて、それでも止められなかったのもまた、田島自身だ。



「………」



田島はギリッと拳を強く握った。
自分自身の我が儘とふがいなさに、涙が滲む。



「……っ……」

「浜田!!」



突然、浜田が床に膝をついた。
顔色は青を通り越して白くなっている。
慌てて泉が浜田の傍に駆け寄り、その体を支える。



「く、薬持ってくる!!」



痛みに顔を歪める浜田を見て、沖は急いで休憩室へと向かった。



「……っ!!」

「田島!!!」



倒れた浜田に気を取られて栄口が田島の手を離した瞬間、田島は職員室の外へと走り去ってしまった。
栄口が声を上げて田島を止めるが、田島の姿は廊下の角を曲がって見えなくなってしまった。



「…いず…み」

「浜田!!」



浜田が、弱々しく泉の腕を握る。
泉が心配そうに浜田の顔を覗きこむと、浜田は真剣な表情で泉を見つめた。



「田島を、連れ戻して…。追いつけるのは、泉だけだか…ら」



ゼイゼイと息をする浜田に、泉は戸惑う。
自分が行っても、田島を止められる自信はなかったからだ。
花井の手を離してしまった自分には、田島をどう止めていいのかわからない。



「田島の、気持ち、…泉なら、わかるよね…?」

「浜田…。…わかった」



大切な人がいない不安。大好きな人が消えてしまうのではないかと思う恐怖。

今の田島は、確かにあの時の自分と同じだ。



「栄口!三橋!浜田を頼む」

「え!?う、うん」



浜田を栄口たちに託すと、泉は立ち上がり、走り出した。




すでに時刻は6時を過ぎていた。





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