不透明な僕らは、
□第8章
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ガタガタと、窓ガラスが悲鳴を上げている。
次第に風が強くなっているのだ。
外を見れば、それまでは静かに降っていた雪が風に流され、吹雪へと変わって視界を塞いでいる。
あのラジオの放送は、本当のことなのだろうか。
寺崎真司は高々と火を燈した部屋の中央をチラリと見て、そのまま視線を部屋全体へと伸ばした。
小さな部屋には、数人の人が寄り添うようにして眠りに就いている。
あと数時間もすれば、あのラジオが告げていた時間になる。
嘘か本当か。
その時間になれば、自ずと真実が分かるはずだ。
寺崎自身は、あのラジオをそれほど信じてはいなかった。
内容自体が非現実的なものであったことも要因の一つだが、それほど重要な内容を、どうしてあのラジオの声の主は知っているのか疑問だったからだ。
今、この部屋に集まっているのは、名前も知らなかった他人ばかり。
始めはもっといたのだが、地震が起こって、浸水して、津波が起こって、そんな災害が一つずつ来る度、人数は増減を繰り返して来て、最終的にこの部屋に残ったのは14人。
その中に、あのラジオの内容を固く信じている親子がいた。
名前は…なんと言っただろうか。
元々何にも頓着しない性格からか、人の名前など直ぐに忘れてしまう性分なのだ。
部屋の隅で丸まって眠るその親子は、ラジオの内容を聞いて以降、この部屋を出ていく人間を必死に止めようとしていた。
なぜそこまで、あの声の主を信じることが出来るのだろうか。
寺崎は明るみ始めた空をぼんやりと見ながら、これが朝日の見納めかもな、と何となく思った。
ラジオを信じたのが吉と出るか、凶と出るか。
命を賭けた人生最大の博打に、寺崎はフッと笑いを零した。
第8章―カギリナイ、水色ノソラ―
「4時間後…ってことは、寒波が来るのは朝の7時くらいか?」
「うん。…でも、多めに見積もって6時って考えてた方がいいかもね」
壁掛け時計を見ながら阿部は腕を組んだ。
ラジオの内容を信じるならば、あと数時間で外はマイナス150度の極寒と化す。
このままダラダラとしていては、全員凍死してしまうことは間違いないのだ。
「でもさ、あまりに突飛すぎる気がするんだけど…」
どうするか考えていると、沖が信じられない、というように首を横に振った。
「確かに、マイナス150度って言われても、ピンと来ないよな…」
沖に同意するように、泉もまた困惑した表情を見せる。
誰もが少なからずそう感じていたのか、迷ったような雰囲気が部屋の中に立ち込めた。
「俺は、信じた方がいいと思う」
ざわつく部屋の中で、そう断言したのは浜田だ。
今浜田は二つに分けたソファの片方に座っている。
本来は寝ていなければならないほど重体なのだが、床に皆を座らせとくのは嫌だと、浜田自身が意志を通したからだ。
そんな浜田の顔を、みんなが注視した。
「冗談や嘘であんな放送流す奴なんていないだろうし、もし嘘だとしても、それならそっちの方が断然いいんだし。信じて損はないんじゃないかな?」
浜田の言葉に、誰もが確かに、と頷いた。
「それに、たとえあの放送が嘘でも本当でも、今の寒さを防ぐ為を考えれば火を起こすことは決して無駄なことじゃないよね」
浜田の言葉に続けた西広の言葉を聞いて、もう反対する者は誰もいなかった。
「じゃあ、決まりだね。問題は、火をどうするか、だ」
全員が納得したのを確認して、栄口は早速問題解決への姿勢を見せた。
「火を起こすったって、ストーブは使えないしなぁ」
部屋の隅に追いやられたストーブの燃料は既に切れてしまっている。
巣山はうーん、と頭を捻りながら何かないか部屋の中を見渡す。
「火…といえば、このろうそくだけど、これじゃあ凌げるわけないよね」
水谷が真ん中に置かれた一本のろうそくを指差す。
頼りなくゆらゆらと燃えるろうそくの火は、マイナス150度もの冷気を受ければ呆気なく消えてしまうだろう。
「…そうか。燃やせばいいんだ」
空のストーブとろうそくを見て、阿部が思い付いたように口を開いた。
全員の視線を受けて、阿部はろうそくを目で示した。
「燃料を燃やせばいいんだよ」
「燃料って言っても、石油はもうないよ?」
沖がそう言うと、阿部はニヤッと口元を上げた。
「何も石油だけが燃料じゃない。幸い、ここは学校だぜ?燃えるもんなんて、腐るほどあるじゃねぇか」
阿部の言葉に、誰もがハッとした。
この部屋を出れば、そこにはすぐ『燃料』が散らばっているのだ。