不透明な僕らは、

□第7章
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カラッと軽い音がして、スライド式の扉が開いた。
西広がその音につられるように扉に目を向けると、栄口が手に持った蝋燭に照らされながら入って来る所だった。



「…田島は?」

「泣き疲れて寝ちゃったよ。今、沖と三橋が一緒にいてくれてる」

「…そっか」



床に座って壁に寄り掛かった西広の隣に栄口も座る。
暗い部屋の反対側では阿部と巣山が横たわって眠りについている。
相当体力を消費していたのだろう。寝息すら聞こえないくらいに熟睡しているようだ。



「…行かせるべきじゃ、なかったのかな…」



部屋の右端に寄せるようにしてソファで誂えて作った簡易ベッドでは、浜田が横になっており、そのベッドに寄り添うように泉が座り込んで眠っている。
泉達を見ながら、栄口はポツリと零した。



「俺が、町へ下りるべきだ、なんて言わなきゃ、こんなことにはならなかったはずだ…」

「栄口…」



ゆらゆらと揺れる蝋燭の炎に照らされる栄口は、泣き出したいのを必死で我慢しているのか、唇をキツく噛み締めている。



「…誰のせいでもないんだよ」



疲れたように、ゆるゆると息を吐き出しながら西広は呟いた。



「誰も、こんなこと予想できないし、できたとしても、防ぐことなんてできない」



一言ひとことを、ゆっくりと、噛み締めるように話す西広は、ぼんやりとどこか遠くを見つめている。



「俺らの力なんて、ホントにちっぽけなモノで。ちょっとした変化で全てが狂っちゃう程……弱い」



自然の力には敵わない、なんてかっこよく言ってみても、実際は違う。
自然の力じゃなくても、自分達の力なんて、何ものにも敵わない。

あまりにも弱くて、儚い。



「ここにこうして生きてる。それが、物凄い偶然と、奇跡のお陰なんだって改めて気づかされたよ」

「…そう、だね…」



ふぅ、と息をつくと、西広は苦笑した。



「でもさ、やっぱり俺らは進むしか出来ないんだよね。その時選ぶ道を、考えて考えて、考え抜いて選んでいくしかない。たとえそれが間違っていても、その時の俺たちにとっての最善を選び取るしかない。…だからさ、」



一息ついて、西広は隣に座る栄口の顔を見る。
真剣な瞳は、ろうそくの炎を反射して強い決意を映し出す。



「過去を後悔しちゃダメだと思うんだ。それは俺達自身や、俺達がしてきたことを否定しちゃうことだから」



ふわりと微笑む西広に、栄口は目頭が熱くなっていくのを感じた。



「栄口は間違ってないよ。俺達は誰も、間違ってなんかないんだよ」

「……ありがとう…」



俯いた栄口の瞳から一筋涙が流れ、ろうそくの炎を反射してキラリと光った。












「………西広、栄口」



突然、静かな部屋に声が響いた。
驚いて顔を上げた西広と栄口の視界に、ゆっくりと体を起こす浜田が写った。
泉を起こさないようにしているのか、その動きは緩慢で、痛みによる声も上げないようにしている。



「浜田さん!」

「…わり、サンキュ」



慌てて栄口たちは浜田に駆け寄り、体を支える。
2脚あった二人掛けソファをくっつけた形の簡易ベッドの上で体を起こすと、浜田は片方の背もたれに背中を預けた。

栄口と西広は、泉がよっ掛かっているのとは逆のひじ掛けに腰を下ろす。



「……ごめんな」



二人が座るのを待って、浜田は口を開いた。
突然の浜田の謝罪に、栄口も西広もキョトンとした顔のまま浜田を見つめる。



「俺のせいで、お前らを苦しめちまってる」

「…そんな!」



浜田の言葉に、栄口は思わず大きな声を上げてしまった。
慌ててすぐに口を閉じて泉の方を見るが、どうやら起こしてしまうようなことはなかったようで、泉は相変わらずグッスリと眠っている。
それに安心した栄口は、ホッと息をつくと改めて浜田を見た。



「そんなこと、言わないで下さい。浜田さんが来てくれて、俺達ホントに嬉しいんです。…それに、そんなこと言われると、俺達が今までしてきたことが無駄になっちゃうんです」



なんて、受け売りだけど、と微笑む栄口の言葉に、浜田は驚いたような表情を見せた。



「俺達は、その時できる精一杯のことをしてきたつもりです。…浜田さんだって、同じじゃないんですか?」



疲れが滲んではいるが、どこまでも真っすぐな西広の言葉に、浜田は小さく笑った。



「そう…だな。ダメだな、俺は。援団なのに、いっつもお前らに励まされてる」

「あはは。こんな時はお互い様、でしょ」



クスクスと笑い合っていると、ふと浜田は笑いを止め、穏やかな表情で泉を見た。



「俺さ、なんか、花井は生きてるって、そう思うんだ。…何の確証もないことだけど。俺だってあの地震で生きてたんだ。だから、花井もきっと…生きてると思う」

「……そうですね」



穏やかな浜田の言葉には、迷いはなかった。
浜田は本気で花井の生還を信じている。

それは、少なからず栄口たちには安心を与えるものであり、栄口も西広も、浜田と同じように花井を信じて待っていよう、と決意した。















「……な……ぃ…」



床に散らばったプリントがカサッと音を立てる。
沖はそのプリントの上で丸まって眠る田島をチラリと見て、視線をひびが入った窓へと向ける。
暗い空には、どこからか光を受けているのか、白い雪が発光しているかのような淡い光を発しながら降っている。


ジジジ、と、少し離れた場所からノイズが聞こえて来た。
そちらへ視線を向ければ、机と机の合間から水谷の背中が見える。
どうやらラジオを弄っているようだ。



「三橋も、もう寝たら?」



正面に顔を戻せば、こくりこくりと船を漕ぎ出した三橋が目に入って沖は苦笑しながら声をかけた。
三橋はハッとしたように目をパチパチさせると、フルフルと勢いよく首を横に振った。



「田島くん、悲しい…から」



三橋は自分の手を見下ろした。
その手は、眠っているはずの田島にしっかりと握られていて、端から見ても簡単に離してはくれなさそうだ。



「…花井は…無事かな?」



ずっと泣いていたためか、目尻を赤く腫らした田島は時々、花井の名前を呼んでは新たな涙を流している。



夢の中でくらい、花井と一緒に居てほしいのに。



沖は心の底からそう思った。
小さく丸まる田島を見ていると、自分も悲しくなってしまう。



「花井…くんは、約束…破らない、よ」



たどたどしくも、三橋の声に迷いはなかった。
沖はその言葉に驚いて顔を上げる。
沖と目が合ったせいか、三橋は視線をせわしなく動かす。



「ぇ…えと、は、花井く は、あの…田島くんを、悲しませる…こ、こと、しない から…その…」



ワタワタと慌てたように言う三橋に、沖は思わずクスクスと笑い出した。
それにつられるように三橋もフヒッと視線を泳がせながら笑う。



「三橋は凄いなぁ」

「え?…す、すご…!?」



真っ赤になってブンブンと首を振る三橋に更に笑いながら、沖は田島を見下ろした。



「そうだよね。花井はそーゆー奴だもんな。…うん。きっと、大丈夫だ」

「お、沖…くん?」

「ありがとう、三橋」

「フヘッ!?」



困惑する三橋をクスクスと笑いながら、沖は毛布を持ってくるね、と立ち上がった。



きっと、大丈夫…だよね。



休憩室へと歩きながら、沖は思った。

窓から見た景色は、夜中にも関わらず雪の光でキラキラと輝いていた。





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