不透明な僕らは、

□第7章
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目を開けば、ぼやけた視界に真っ白な影がちらほらと目に入る。

一体何だろうと思い、ゆっくりと何度か瞬きをして、ようやくそれが雪であることがわかった。



津波に流されて、どこまで来てしまったのだろうか。



ぼんやりとして回転が遅い頭で考えても、ここがどこかなんて分かるはずもない。
ただ、力が入らない体を地面に横たえたまま空を眺めた。
いつの間にか夜が訪れていたようで、見上げた空は既に闇色をしている。



不思議と寒さは感じない。

というよりも、体中の感覚がないと言った方が正しいだろうか。
何も感じないし、何も聞こえない。

ただ、黒い空からひらひらと舞い散る真っ白な雪が見えるだけ。



…綺麗…だなぁ…



場違いな程、穏やかな気持ちでその雪を見つめる。
こんなにゆったりとした気持ちになったのは、とても久々に感じる。

最初の地震が起きてから今まで、常に死の恐怖と戦っていたから。

綺麗で儚い雪を見ていると、今までのことが夢物語のような気がしてしまう。

少しでも横を向けば、それが確かに現実であることがはっきりと証明されるだろう。


でも、


今はもう少しだけ


この雪の美しさを見ていたい



ゆっくりと沈む意識に身を委ねながら、少しだけ、笑った。












第7章―シノビヨル、イシニガミ―
後編
















貯蓄用倉庫に保存していた水を一気に飲んで、木之下は息をついた。
あれから数時間、ずっとマイクに向かって話し続けているため、もう声は枯れてしまっている。
それでも、木之下は止めるわけにはいかなかった。

今この瞬間も誰かが木之下の声を聞いているかもしれないからだ。



「…もう、時間がないんだ…」



床に座り込んだまま、木之下はデスクにあるコンピュータの画面を覗き込んだ。
画面には、世界地図に渦巻く巨大な白い雲が幾つも散らばっている。
その一つは、日本に向かってゆっくりと、確実に近づきつつあった。

画面の右下には、赤い文字でカウントダウンが表示されている。
刻々と減るその数字を見て、木之下はいらだたしげに舌打ちをした。



「……っ…」



ズキリと、足の傷が痛んだ。
簡単な止血をした以外、適当な処置もしないまま放っておいたその傷は、熱を持って木之下の体にジクジクとした痛みを与えている。
それでも、木之下はただマイクに向かって話し続ける。

もしかしたら、誰も聞いてなどいないかもしれない。
自分の声など、誰にも届いていないのかもしれない。

けれど、止めるわけにはいかないのだ。

すべてを知る自分に出来ることは、これだけなのだから。



「現在、日本全土を覆う巨大な寒波が近付いています。通過の際、気温はマイナス150度まで下がってしまいます。室内で出来るだけ大きな火を起こして、火を決して絶やさないでください。寒波到達時刻は今から約11時間後です。出来るだけ暖かい恰好をして、火の傍から離れないで下さい。決して外へ出てはいけません。火を燃やし続けてください」



休む間もなく、木之下は繰り返す。

一人でも被害者を出さないために。



そして

生きていると信じる家族に

届くようにと、祈りながら。



部屋はすでに暗闇が落ちてしまっている。
災害が始まって三回目の夜が訪れた。















「どういうことだよッ!?」



ドンッと激しい音と共に、泉は背中をしたたかに壁にぶつけた。
それでも倒れなかったのは、胸倉を強い力で田島に掴まれていれからだ。



「田島!止めろ!!」



慌てて巣山が田島と泉の間に割り込んで田島を止める。
それでも田島は目を怒らせたまま、泉の胸倉を離そうとしない。



「なんで!!なんで花井がイネェんだよ!?」

「今話しただろう!花井は津波に掠われたんだ!!」

「嘘付け!!津波なんて、ここには来てない!!」



巣山が必死に田島を押さえ付けて説明するが、田島は頑として聞き入れようとしない。



「学校は町よりも高台にあるから津波の被害を受けてないだけだ」



鼻息を荒くして体を震わせる田島に、阿部も説明するが、田島は泉達を睨み付けたまま、表情は固い。



「じゃあ、なんで置いて来たんだよ!!なんで探さなかったんだよ!?」

「探したさ!!探さないわけねぇだろ!!!でも!……いねぇんだよ……。どこにも…どこにもいねェんだよ……!!!」



それまで黙っていた泉が叫んだ。
田島を真っすぐ見つめるその瞳に浮かぶのは、悲痛な叫びの色。



「なんで…なんで花井が…!!」



今にも泣き出しそうな程、辛い表情をした泉の目を見て、田島はグッと拳に力を入れた。
俯いて吐き出すように声を出す田島に、誰も何も声をかけることが出来ない。



「…花井……はな…い……」



フルフルと、泉の胸倉を掴んだまま拳を震わせる田島は、そのまま足元から崩れ、床に膝をついた。
田島に掴まれたままの泉も引きずられるように腰を曲げる。

うなだれた田島の口からは、うめき声とも、叫び声ともとれる声が漏れる。



「うあぁ……ぁ…あああぁああぁぁああ!!!!」



悲痛な田島の悲鳴は、静かな部屋に響き渡った。

泉はただ、そんな田島を見下ろしながら、悲鳴に隠れるようにひっそりと涙を零した。





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