不透明な僕らは、

□第7章
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それは、数時間前に遡る。





「海…って、ここまで水が上って来てんのか!?」



保健室の窓に群がって外を見る水谷たちに、浜田は驚いたように声を上げた。

自分も見ようと足に力を入れるが、同時に腹にも力が入ってしまい激痛が走る。
痛みに顔を歪める浜田に気付いた三橋が、心配そうな顔をして慌ててベットまで走って来た。



「浜 ちゃん、大…丈夫?」

「ワリィな、三橋。大丈夫だから」

「浜田ムチャすんなよなー」

「ワリィワリィ」



口元を引き攣らせながら笑う浜田に、田島も少し怒ったように頬を膨らませる。

田島と三橋の肩を借りて立ち上がった浜田の目に飛び込んで来たのは、昔、九州にある親の実家の近くにあった海に似た光景だった。
三橋が『海』だと比喩したのは、的確な言葉だったのだ。



「町の方は大丈夫なのか…?」



反対側の校舎が沈んでいる様子を見る限り、今はまだ数センチ程しか浸水していない。
しかし、この雨の様子からすれば水嵩はすぐに増すだろう。

町に向かった泉達の安否に、浜田は不安そうに外を見つめた。



「大丈夫だって!花井と約束したし!」



ニシシ、と笑う田島の笑顔の奥には、やはり隠し切れない不安の色が滲み出ている。
それでも浜田を元気付けようとする田島の姿に、浜田もニコリと笑った。



「そうだよな。あの4人なら、大丈夫だよな」



こんなときこそポジティブにならなければ、と、普段から心掛けている言葉を心の中で繰り返す。

ちょうどその時、保健室の扉がガラッと開いて栄口が入って来た。



「あ、浜田さん起きたんだ!」

「おー、心配かけてゴメンな。状況は聞いたよ」



嬉しそうに歩み寄って来る栄口に浜田は笑いかける。
なら話は早いや、と栄口は頷いた。



「ベットの準備が出来たんで呼びに来たんですよ。歩けそうですか?」

「ああ。手伝ってもらえれば、なんとか」

「じゃあ、ゆっくりでいいんで先に行ってて下さい。階段登らなきゃいけないんで、もしキツそうだったら手前で待ってて下さい」

「わかった」



田島と三橋に支えられてゆっくりと歩く浜田が保健室を出たのを確認すると、栄口は窓際に立っていた水谷に近づいた。



「外、凄いことになってるね…」

「うん。でもホント、移動しといて良かったよね。このままじゃ保健室も浸水しちゃうだろうし」



ヘラッと笑う水谷の前向きな言葉に、栄口も笑って頷き返す。



「残りの段ボールお願いするね。俺は担架出さなきゃ」



水谷が放置していた足元の段ボールを指差して言うと、栄口は倒れたロッカーの扉をこじ開けて中から担架を取り出した。

段ボールを抱えて入口で待っていた水谷と合流して保健室を出ると、十数メートル離れた階段の前で浜田達が立ち往生しているのが目に入った。
やはり階段を登るまでは無理だったようだ。



「今担架持ってくからちょっと待っててー」



栄口がそう叫ぶと、田島はおー、と返事を返した。

それから十歩も行かないうちに、突然床から微かな振動が伝わって来た。


その振動は次第に大きくなり、栄口も水谷も、立ってはいられない状態になってしまった。
階段前の浜田達も倒れ込んでいるのが揺れる視界の中で確認できた。
その時、揺れと同時に栄口の耳に、ズズズズと何かがズレているような不気味な音が飛び込んで来た。

音はどうやら保健室の方から聞こえて来るようで、床にはいつくばったまま、栄口は後方を見た。


瞬間。

ミシッ、バキッという音と共に開いた扉の向こう側に、大量の土砂が流れ込んで来た。
真っ白な壁で囲まれていた保健室の中は、一瞬で黒ずんだ茶色い土砂に埋め尽くされてしまった。



しばらくすると、揺れは収まった。
幸い天井が落ちたり、学校が崩れたりすることはなく、栄口たちは無傷で済んだ。

しかし、その状況に安堵している者はいなかった。

誰もが、突然起こった土砂崩れに目を奪われていたからだ。


あと数秒、保健室から出るのが遅ければ、栄口たちは土砂に押し流されていた。
知らず知らずのうちに命が危険に晒されていたことを知り、栄口と水谷は呆然とお互いの顔を見つめ合った。



「………間一髪……って奴だよね…?」

「………そう……だね」



ぼんやりとした頭で考え直すと、急に実感が湧き始め、この危機を回避した偶然と恐怖に二人は体を震わせた。



「栄口ー!水谷ー!大丈夫か!?」



階段前から駆け寄ってきた田島が二人の肩を叩くまで、二人はその場に座り込んだまま動けなかった。















「お前らが無事で、本当に良かったよ」

「マジで危なかったな」



栄口の話を聞いた泉たちは、信じられないと口々に感嘆と安堵の息を吐いた。
タイミングが悪ければ、今この場に残っているのは泉たち三人だけだった可能性もあったのだ。
不幸中の幸いとは、正しくこのことだろう。



「ということで、今は職員室の中の休憩室に皆いるんだ」

「休憩室に…?」



栄口の言葉に反応したのは阿部と巣山だ。
おそらく、昨日見た資料室のことを思いだしたのだろうと思い、栄口は続ける。



「あのことは水谷から聞いたよ。大丈夫。一応、立入禁止にはしてるから」

「そうか」



嫌悪とも安堵とも取れる、微妙な表情の阿部に、栄口は言いづらそうに視線を下げた。




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