不透明な僕らは、

□第7章
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水が引いたこともあり、泉達の道程はそれまでと比べものにならないほど順調になり、それまでの遅れを取り戻すようにペースを上げていた。

通い慣れた道は体が覚えているためか、特に意識をせずとも自然と足が学校へと運んでくれる。
ただ、それまで見慣れていた景色は、原型を留めない程変わり果ててしまっている。

建物という建物は全て崩れ、先程の津波に瓦礫すら流されてしまっており、そこに建物があった名残など、僅かに残った家の土台部分しかない。
さら地になった地面には、雨の代わりに降り始めた雪が薄くつもり始めており、僅かながらも銀世界を作っている。



「………」



周りを見れば見るほど、学校が無事残っているのかが不安になってしまう。



もし、ここのように学校の敷地がさら地と化してしまっていたら。



考えても仕方がないことだと思っていながらも、どうしても最悪なイメージが頭を離れないのだ。



「……あった……!学校だ!!」



誰もが黙々と歩き続ける中で、先頭を歩いていた巣山が明るい声を出す。
阿部と泉が急いで巣山の元まで走り寄って見てみれば、そこには確かに校舎の頭部分が見える。

津波による汚れなども見えない辺り、どうやら津波はここまでは届かなかったようだ。

ざっと見た限りでは地震の影響もないようで、泉達は歩きながらもホッと息をついた。



「あとちょっとだな」



つい十時間ほど前に出たばかりの学校だったが、もう何週間もそこに帰っていないような気分だった。
この十時間の間には、余りにもたくさんのことがありすぎた。

それでも泉達は、ようやく学校に戻って来たのだ。



その代償は、余りにも大きなものだったが。
















正門をくぐり抜けた泉達は、まるでラストスパートをかけるように急ぎ足で保健室へと向かった。
正門からは離れた保健室は、山側の校舎にある。

巣山に続いて校舎沿いに回り込み、保健室に向かおうとした泉は、突然目の前で巣山が立ち止まったため、自身も急ブレーキをかけて立ち止まった。



「……まさ…か…」

「どうした?すや…」



ま、と続くはずだった泉の言葉は発されることなく喉の奥へと消えてしまった。

巣山たちの目の前に広がっていたのは、山から雪崩れ込んできた土砂に埋まってしまった、保健室の変わり果てた姿だった。



「…ウソだろ…こんな……まさか…」



ふらふらと足元をふらつかせながら、泉は保健室へと近づいていく。
土砂崩れは大分前に起こったのか、すでに土砂の上には雪が積もっていた。
もしかしたら、あの地震に耐えきれず山が崩れてしまったのかもしれない。

足の力が抜け、泉は座り込んでしまった。



「…浜田……みんな…」



長時間外にいたせいか、手の感覚はもうすでにない。
土砂にかぶる雪を払いのけても、その冷たさは感じない。

真っ赤に腫れた手で、泉は拳を握りしめた。


涙は出ない。


頭が理解しきれていないのだ。
深々と降る雪に、すべての音が吸収されて、泉たちの周りは本当の無音に包まれていた。

誰もが何も言うことができず、ただ茫然と保健室があったはずの土砂の塊を見つめることしかできなかった。


















「…あれ?阿部?…巣山!泉!!」



無音の世界を打ち破ったのは、ザクザクと雪を踏みしめながらやってきた栄口だった。



「栄口!!無事だったのか!」



突然の栄口の登場に、巣山が顔を輝かせて近づく。
見た限りでは栄口に怪我をした様子もなく、元気なようだ。
呆然と保健室前に立ち尽くしていた三人を見つけた栄口も同じく嬉しそうに三人に駆け寄った。



「うん、みんな無事だよ!巣山たちも無事でよかった!!」



明るい表情で近づいてくる栄口は、何かに気付いたように怪訝な表情を見せ、周りをキョロキョロと見回した。



「あれ?花井はどうしたの?」



栄口の行動に予想はしていたものの、いざ尋ねられると誰もが口を閉ざしてしまった。
その三人の様子から察したのか、栄口は目を見開いて顔を青くした。



「……まさか…」



掠れた声が栄口の口から力無く漏れる。
思わず俯いてしまった泉を見て、栄口はゴクリと息を飲み込んだ。



「……とにかく、中に入ろう。これまでのこと、歩きながら説明するから」



重たい沈黙を打ち破るように、栄口は静かに言った。
三人は頷き、校舎に向かって歩き出した栄口の後に続く。





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