不透明な僕らは、

□第6章
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「待ってるから、絶対帰って来いよ!」



いつもは強い光で輝いている瞳を揺らして、あいつはそう言った。

置いていかれることが大嫌いなことなど、充分過ぎる程わかっていた。

けれど、それでも連れてこなかったのは俺のエゴ。

多分そのツケが今、俺に回って来たんだ。



仕方がないと諦めながらも、ただ一つ心残りなのは、アイツとの約束を守れそうにないこと。

きっと、アイツは泣くのだろう。

真っすぐで純粋な瞳を涙で濡らして。




泣かないで、泣かないで。



ただ、笑っていて欲しかっただけなんだ。




だから、今度会えたら伝えよう。



いつもは言えない、本当の気持ちを。








冷たい濁流に流されながら、そんなことを思った。









第6章−アフレルニ、オボレル−














それは、一瞬の出来事だった。













目も開けていられないほど強い雨に打たれ、胸のすぐ下まで水位を上げた水面を掻き分けながらゆっくりと4人は泳ぐように歩いていた。

少しずつ近づいてくる学校に、逸る気持ちを抑えながらゆっくりと、しかし確実に進んでいく。
何度も瓦礫に足を取られ、時には道路に置き去りにされた車によじ登りながら、一歩一歩を稼ぐ。



「やっと駅の辺りか」



雨に霞む視界の中で、駅らしき建物を確認した阿部は疲労を隠せない声音で呟いた。
その声につられるように泉たちも崩れかけた駅を見、ため息をついた。



「もうちょっとで学校だな。おっし!」



普通に歩けば20分程度の距離に西浦高校はある。
しかし、今の状況ではその倍以上の時間を要するだろう。

そのことは今までの道程からも充分わかってはいるが、巣山はあえて明るい声で気分を上げるように気合いを入れた。
その巣山の心情を察してか、誰もが頷いて口元を上げて笑った。



「荷物持ち代わるぜ」



泉が後方を歩いていた花井を振り返って手を差し出した。

いくらエナメルのスポーツバッグとはいえ、水中に浸かっていたため既にカバンの中は水浸しであり、それと比例するように重たくなっている。
幸い包帯などは何重にもビニールに包んでいたので被害はない。
しかし、重量を増し、水の抵抗を直に受けるバッグを長時間持ち続けるのは相当の体力を消費する。

そのため、4人は荷物持ちを交代しながら進んでいた。



「サンキュ」



中にはまだ空気が残っているのか、水面に浮かぶバッグの肩掛けを外し、花井は泉へと渡す。
泉はしっかりとバッグを背負うと前を向いた。



「…ん?」



前向こうとした瞬間、泉の視界の端で何かが動いた。



「どうした?」



泉が前に進まないことを訝しんだ花井は首を傾げた。
しかし泉はじっとしたまま駅を凝視している。真剣な表情に、花井も駅を見つめる。



「なあ、あそこ、誰かいねぇ?」

「人か?」



雨に遮られる視界ではうまく周りの情況を把握することが出来ず、泉も眉間にシワを寄せながらわかんねぇけど、と呟いた。
灰色のコンクリートで出来た駅のホームを無言で見ていると、確かに黒く小さい影がチラリと動いた。



「ホントだ!…子供かな?」

「っぽいよな」



黒い塊にしか見えないその影は、ちらちらと駅のホームを行ったり来たりしており、その体の大きさからするとどうやら小学校低学年くらいの子供のようだ。



「どうした?」



先に進んでいた阿部たちが訝しげな声をあげた。阿部達の位置からは子供の姿は見えないらしい。



「駅に子供がいるんだ!」



花井は阿部達に向かって叫ぶと、泉の方を向いた。



「あの子を連れてくっから、阿部達に伝えといてくんねぇか?」

「は?一人で行くつもりかよ?」



花井の言葉に泉は眉を寄せた。
訝しげにこちらを見ている阿部と巣山をちらっと見て、花井は肩を竦めた。



「出来るだけ速い方がいいからな。それに、この水位じゃ子供抱えて行けんのなんて俺か巣山くらいだろ?」



花井が言う通り、水位は今や泉の胸辺りまで達しようとしている。
この状態では小さな子供など頭まで浸かってしまうため、どうしても誰かが抱えていかなければならない。未だ降り続ける雨は、今後も水位を高めて行くだろう。
そんな中、このメンバーで子供を抱えながら進めるのは花井か巣山くらいだ。

泉は迷うように視線をさ迷わせる。



「…わかった。でも、危険だと思ったら、絶対すぐ引き返して来いよ」

「ああ。…行ってくる」



真剣な泉の視線に頷くと、花井は駅へと慎重に歩き出した。








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