不透明な僕らは、
□第5章
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「雨が降り出したみたいだ」
泉が階段の最後の一段を無事下り終えると、階段脇の窓から外を見ていた阿部が苦虫を噛み潰したような表情で呟いた。
その言葉に窓の方を見てみれば、大粒の雨が窓にたたき付けられている。
「包帯が濡れるかもしんねぇな」
「売店とかビニール袋あんじゃねぇか?」
包帯が入ったスポーツバッグの肩掛けをギュッとにぎりしめる泉に、巣山が提案した。
ナースステーションを探すために案内図を見ていた時、1階に売店があるのを巣山は覚えていたのだ。
「確か、玄関ホールから真っすぐ行ったところにあったぞ」
「よし、早く行こう」
雨のせいか、先程より暗くなった廊下を4人は急ぎ足で進んでいく。
巣山の記憶通り、売店は玄関ホールから真っすぐ進んだ右手側にこじんまりとあった。
陳列棚は倒れ、今まで見て来た所と同じくらい物が散乱していた。
「足の踏み場もねぇな…」
入口に倒れている棚や、床が見えないくらいに飛散している物を見ながら花井は呆然と呟いた。
「オレが行ってくる。お前らここで待ってな」
スポーツバッグを花井に手渡しながら泉はそう言った。
泉の言葉にギョッとした花井はバッグを受け取りつつ眉をしかめた。
「一人じゃあぶねぇだろ。オレも…」
「花井の体格じゃ動き取りづらいだろ。オレのがちっせーし、お前よか反射神経いいしな」
「そりゃそうだけど…」
ニヤッと口元を上げて笑う泉に花井はたじたじになり、仕方なく頷いた。
花井が納得したのを見届け、泉は倒れた棚に足をかけた。
「浜田、無理すんなよ!」
ベッドから身を起こした浜田に、田島は慌てたように駆け寄ると背中を支えた。
眉を潜める田島とベッドの傍で不安そうにオロオロする三橋を見て、浜田はニコリと笑った。
「大丈夫だって。歩くくらいなら出来るよ。三橋も、んな心配そうな顔しなくても大丈夫だから。な?」
二人を安心させるように微笑む浜田を、田島達はまだ心配そうに見ていたが、扉がガラッと開く音が聞こえて顔を扉に向けた。
「あ!浜田!目ぇ覚めた?」
「おー。水谷。話は聞いたぜ。移動すんだろ?」
扉から入って来たのは水谷だった。
ベッドの上に座る浜田に気付くと、表情を明るくして駆け寄って来る。
そんな水谷に笑いながら手を振ると、浜田は体をゆっくり動かしてベッドから足を下ろした。
「そうそう!あとあそこの段ボール持ってったら終わり!今上で栄口たちがベッド準備してるからもうちょい待ってて」
ニコニコと笑いながら保健室の端に詰んでいた段ボールの一つを指差すと、浜田の顔を覗き込んだ。
「んー、まだ熱あるっぽいね。顔が真っ赤だ」
「浜田の奴自分で行くって言って聞かねぇんだ」
田島がふて腐れたように頬を膨らませると、水谷も驚いたように目を見開いた。
「えー!?それは無理じゃない?西広たちももうすぐ来るだろうし、もうちょっと待っててよ」
水谷にもそう言われた浜田は、困ったように眉尻を下げると仕方ないな、と言うように頷いた。
「わーったよ。手間かけさせてごめんな」
「何言ってんだよ。浜田が無事でみんな喜んでんだぜ?」
「そーそー」
頷いた浜田に田島はカラカラと笑いながら、特に泉が、と言った。
田島の言葉に同意しながら水谷は段ボールの方へ向かう。
窓の近くに置かれた段ボールを取ろうとした水谷の視界に、驚きの光景が飛び込んで来た。
「うわ!!みんな見てこれ!!」
「ど、ど…した の?」
バタバタと手招きする水谷に、三橋は首を傾げて近寄った。
窓の外を覗き込む水谷に倣って三橋も窓を見る。
大粒の雨に視界を邪魔されながらも目を凝らして見れば、その視界には一面の水面が映りこんだ。
「う、わ!う、海!?」
「は?海?」
驚きで口をぱくぱくと開閉させる三橋の言葉に浜田は首を傾げる。
田島も窓の所まで駆け寄ると、水谷と三橋同様驚きの声をあげた。
「うわ!地面が沈んでる!!」
「…マジで逃げ場ないかも」
田島の驚きの声の後に、水谷は引き攣ったような笑いを顔に浮かべて呟いた。
学校の周りは、降り続く大雨によって冠水してしまっていた。
初めて見るその光景に静まり帰る保健室に、ズズズ、と地響きのような鈍く重い音が微かに響いた。
「…チッ。思ったよりキツイな」
パラパラと天井から降ってくる埃を腕で防ぎながら泉は棚を一つ股越した。
暗闇の中、売店のレジまで進むのは大変な重労働だった。
何度か躓きながらも、泉はようやく目的の場所へとたどり着いた。
「袋は…っと」
なんとか形を保っているレジ棚を漁ると、ビニール特有の感触に触れた。
「泉!どうだ?」
売店入口から巣山の声が響いて来た。
泉は手に触れた物を引っ張り出すと、それがビニール袋であることを確認した。
「あったぞ!今から戻る!」
「そうか!急いで戻って来い!」
泉の返事に安堵の息をつきながらも、またすぐに真剣な響きを持つ巣山の声に泉は首を傾げた。
「どうかしたのか?」
大きな瓦礫から床へと片足を落とした瞬間、パシャンと足が冷たいものに埋まった。
その正体に、泉は驚いて一瞬固まった。
「床が浸水し始めた」
入口から聞こえる巣山の声に、泉はゴクリと固唾を飲んだ。
泉が売店の外に出て来た頃には、雨は膝下の辺りまで浸水していた。
四人は近くにあったソファーの上にスポーツバッグを置くと、急いで包帯をビニール袋の中に入れた。
水が入り込まないように口をきつく縛ると、それをまた袋に入れて二重三重に密閉した。
全ての包帯や薬品をバッグに入れ直し終わった頃には、ソファーは完全に水没しかかっていた。
「よし、行くぞ」
出来るだけ濡らさないように、花井と巣山がスポーツバッグを背負うと、四人は出口に向かって歩き始めた。