不透明な僕らは、

□第5章
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「やっぱり、移動しなきゃいけないと思う」



売店で見つけた段ボールを割れた窓ガラスに張り付けながら、西広はため息をついた。
隣でガムテープを窓に貼っていた栄口も、難しい表情でそうだね、と答える。



「今はまだいいけど、この分じゃ多分雨も降ってくると思う。そうなった時、段ボールくらいじゃ1時間も持たないだろうしね」

「でも、窓が割れてない所なんてあるかな?」



校舎を見回った限り、窓が割れていないところはそれほど多くない。
教室の中には割れていないところもあるかもしれないが、この冬の寒さをしのげるかという問題になると、厳しいものがある。
西広も栄口も、困ったように黙り込んだ。



「職員室の休憩室は窓割れてなかったよー」



西広と栄口が校舎の地図を思い浮かべながらあれこれ話し合っていると、それまでラジオと睨めっこをしていた水谷が栄口たちの話を聞いて会話に混ざってきた。



「職員室?」



休憩室なんてあったっけ?と西広たちは首を傾げた。
西浦に入学してもうすぐ1年が経とうとしているが、職員室に入ったことは殆どないに近い二人は、休憩室の存在も知らないのだ。



「うん。昨日見つけたんだ。お茶受け見つけたのもそこだよ」

「職員室か…。もしかしたら、ストーブとかも残ってるかも!」



水谷がペットボトルからお茶を少し飲んでいるのを眺めながら、栄口と西広は表情を明るくした。



「そこって、ソファーか何かあった?」



西広が水谷にそう尋ねると、水谷は休憩室の様子を思い出すように片眉を潜めてどうだったかなぁ、と呟いた。



「確か、あったはずだよ!あと、冷蔵庫も!」



ポン、と手を叩いて水谷が言うと、西広はよかった、と息を吐いた。



「ソファーがあるなら、浜田さんのベッド代わりになるからね。流石に床はキツイだろうし」

「なるほどね。それじゃあ、休憩室に向かおうか」

「あ、ちょっと待って!」



早速休憩室に向かう準備に取り掛かろうとする西広と栄口に待ったをかけたのは水谷本人だった。

言いにくいのか、水谷は周りを見渡して栄口と西広以外は少し離れた所にいるのを確認すると、二人に顔を寄せて口を開いた。



「昨日阿部が職員室で…その……、先生が死んでるのを見つけたって……」

「え!?」



初めて聞く水谷の話に、西広と栄口は驚いて水谷を凝視した。
思わず大きな声を出してしまった栄口に、浜田の様子を見ていた三橋と田島が不思議そうな顔をして栄口達の方を振り向いた。



「どうしたー?」

「い、いや!なんでもないよ!」



あはは、と空笑いを浮かべながら首を横に振る栄口に田島たちは首を傾げたが、特に追求することなくまた浜田の看病に戻った。



「…それ、本当?」



周りに聞こえないように声を落として栄口は水谷に視線を戻した。



「俺は見てないんだけど、阿部が職員室にある資料室の中で見たって」

「なんで昨日言わなかったの?」



水谷がポソポソと小声で話すと、栄口は非難するように水谷を軽く睨んだ。その視線に怯みながら、水谷は弱ったように笑った。



「わざわざ皆に言ってビビらせる必要ないって、阿部たちと相談して決めたんだ」

「オレと花井もそうだったし、仕方ないよ」



水谷に続いて西広も困ったように微笑みながら助け舟を出す。
栄口はまだ何か言いたげにしていたが、そうだね、ごめん。と呟くと肩を落とした。



「水谷たちが見てないってことは、資料室って別の部屋になってるの?」



気を取り直して西広が尋ねると、水谷は頷いた。



「うん。休憩室と逆側にある部屋みたい。オレはあるの気付かなかったし」

「そっか…。…やっぱり、その休憩室に移動しよう」

「え!?本気で!?」



しばらく西広は考え込むと、そう結論を出した。
それに驚きの声を発したのは水谷だったが、栄口も同じくらい驚いたように西広を見つめている。



「うん。ここはやっぱり危険だし、先生の…遺体が別の部屋にあるなら、まだマシだと思う」

「マシって……」



栄口が眉を寄せて呟くと、西広は少し悲しそうに微笑んだ。



「感覚がおかしいってのはわかってるよ。…でも、今は皆の安全のことを第一に考えなきゃいけないと思うんだ。…凄く、ヤな感じだけど…」



最後にポツリと呟かれた言葉に、栄口も悲しそうに目を伏せる。
沈黙が三人の間に落ち、ガタガタと鳴る窓がやけに耳に響く。



「先生のことは、皆には黙っておこう」

「でも、間違えて入っちゃったりするんじゃない?」



沈黙を破ったのは西広だ。先程とは変わり、真剣な表情で提案すると、その提案に水谷が最もな疑問を投げかけた。



「危険性はあるけど、一応入っちゃいけないって伝えとこう。理由は…棚が倒れてて危ないから、で充分だと思う」



資料室に用事が出来ることはないだろうしね。と続けた西広に、一抹の不安を抱きながらも水谷と栄口は頷いた。



「よし。そうと決まったら準備に取り掛からなきゃね!」



西広は自分の胸の中にあるモヤモヤを吹き飛ばすように、殊更威勢良く言うと、田島達の元へ歩いて行った。
明らかに無理をしているだろう西広の背中を見送りながら、栄口は悲しげに息をついた。
そんな栄口を心配げに見つめる水谷に視線を向けると、栄口は口を開いた。



「水谷」

「なに?」

「仕方なかったのはわかってる。…でも、もう、隠し事はしないでね?…つらいことを、抱え込んだりしないでね?」



栄口の瞳に必死な色を見て、水谷は驚いたように目を開いた。
しかし、その真剣な様子に水谷はすぐ頷いた。



「うん。もう隠したりしないよ。その代わり、栄口も辛かったら言ってね?」

「……うん」



栄口を安心させるように、いつものようにニコッと水谷が笑うと、無意識に体に入っていた力が抜けるのを栄口は感じた。
その心地よい脱力感に、栄口は涙が出そうになりながらもふわりと微笑んだ。



「早く、こんなこと終わればいいのにね」



止まない風に揺れ続ける窓に視線を向け、ぽつりと呟かれた栄口の言葉に、水谷は頷くことしか出来なかった。





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