不透明な僕らは、
□第5章
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灰色の空に浮かぶ黒灰色の雲が、流れるように移動している。
まるで、どこかへ急いで向かっているかのように早いそれは、今木之下が見つめている青いスクリーンの中のものと同じスピードだ。
世界を覆う雲が数十ヵ所である一定の形を取り始めていることに気付いた木之下は、それ以来スクリーンをチェックしながらある黒い機械の箱を弄っていた。
「……電波が繋がっていれば……これで…」
黒い箱に繋がるいくつものコードを弄りながら、木之下は誰に話し掛けるでもなく呟いた。
単身赴任により一人での生活が多いせいか、独り言は既に癖になってしまっている。
作業しながら独り言を言うたびに崎山たち若い部下によくからかわれたものだ。
上下関係が厳しくも、風通しの良いこの職場は木之下にとっては家庭の次に心地よい場所だった。
しかし、今はもう木之下の独り言を聞いて笑う人間はここには残っていない。
木之下はただ黙々と複雑に絡み合うコードを繋げていく。
「……頼む…」
呟きながら、白いコードと赤いコードを繋ぎ合わせた。
瞬間、ガガッと耳障りなノイズが黒い箱から響いた。その音が止むと、静かなジーという低音がコンピュータの起動音と呼応するように流れ出した。
「やった!繋がった!!」
思わずガッツポーズをした木之下は、地震で負傷した脇腹の傷口が痛んで呻いた。
しかし、痛みに顔を歪めながらも、その表情からは喜びが溢れている。
「これで、状況を伝えられるぞ!」
黒い機械から伸びる一本のコードの先には、木之下が以前コンピュータに付けていたマイク付きのヘッドフォンがあった。
木之下は、管理室内に設置されていた無線用の機械を改造し、現状を世界に伝える為に電波ジャックを謀ったのだ。
そして電波を無事捕らえることが出来た木之下は、マイクに向かって話始めた。
第5章―キリサクハ、緑ノヤイバ―
中編
「うわっ!!」
「泉!」
突然の強風に煽られよろめいた泉は足元の悪さによってバランスを取り切れずに転倒しそうになった。
その瞬間差し出された手を反射的に掴んだ泉は何とかその場に踏ん張ることができ、ホッと息を吐いた。
「サンキュー、花井」
「気をつけろよ」
差し出された手の持ち主である花井にお礼を言いながら、泉は地面に転がる無数の金属片や瓦礫を眺めた。
黒く炭化した街路樹は、踏めばパキッと音を立てて簡単にその形を崩した。
見渡す限り街のどこも似たり寄ったりな状況だ。
未だ街は燃え続けており、風に煽られた炎は火の粉を飛ばし、その勢力を広げ続けているようだ。
「…マジかよ…」
足を取られないよう下を向いて歩いていた泉は、前方から聞こえた阿部の声に顔を上げた。
横殴りの風が髪を乱し、視界に入って邪魔くさい。
髪を手で押さえて目を前へ向ければ、そこには崩壊した大きな建物があった。
「……これが…病院…?」
煤けて所々黒くなっている壁は崩れ、骨組みが剥き出しになっている。
ふと、瓦礫の合間に何か文字らしきものが見えて目を凝らせば、少し壊れて読みづらいが、それは確かに総合病院の文字看板があった。
この廃墟と化した建物は、確かに病院だった。
「…中に入ろう」
何とか形を保っている入口を見つけた花井は、風に負けないくらい大きな声を張り上げて叫んだ。
病院の中は、被害を免れた非常灯が青白く点灯しており野外程ではないにしろ、周りの状況を確認しながら歩くには充分な明るさがあった。
耐震設備が整っていたのか、外から見た様子より中はそれほど崩れていない。
とは言えやはり壁は剥がれ落ち、待合室のソファはひっくり返ってしまっているものもある。
火の手はやはりここまで来ているようで、あちこちで赤い炎が燻っている。天井に設置してあるスプリンクラーはなんとか作動したのか、大分火の手は小さくなっているようだ。
「…とりあえず、ナースステーションと薬品庫だな」
病院に来る前に、花井達には決めたことがあった。
それは、病院内では目的地以外の病室や診察室には決して入らない、ということだ。
人が多く集まる病院という場所は、その殆どが病人や怪我人だ。
例え生存者がいても、今の花井たちには助ける術などあるはずもなく、自分達のことだけで手一杯なのだ。
そこで出した結論が、病人や怪我人がいる可能性が高い病室や診察室には最初から立ち入らないことだった。
一見、薄情なように思える行動ではあるが、花井たちにはそうすることしか出来ないのだ。
「まずはナースステーションだな」
薄ぐらい廊下で花井は院内の地図を見つけて前に立った。
所々割れて字が読めなくなっている箇所もあるが、どうやら2階にナースステーションがあるようだ。
流石に薬品庫の案内まではないのだが、恐らく1階にある調剤室の隣にあるはずだと見当を付けた。
「階段は…あっちだな」
青い非常灯は等間隔に点在はしているが、それほど広い場所を照らしてくれるものではない。
暗い奥に隠れるようにして存在している階段を見つけて花井達はゆっくりと歩きだした。