不透明な僕らは、

□第5章
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「なんで俺は行っちゃいけないんだよ!?」



花井が残りのメンバーの名前をあげると、田島は立ち上がって花井に詰め寄った。
不満そうな表情を隠す様子もない田島に、花井は厳しい顔を崩すことなく口を開いた。



「遠足じゃねぇんだ。理由だって今言っただろ?」

「花井が行くなら俺も行く!」

「わがまま言うな」

「でも…!」



言い募る田島に、花井は厳しい視線を向ける。
今まで受けたことのないその視線に、田島は言葉に詰まり、もどかしそうに地団駄を踏む。



「ちゃんと理由あっての選抜だ。ただ何となくで決めたわけじゃねぇんだよ」



もしかすると、命に関わることになる可能性もあるのだ。
それを充分理解した上で花井は慎重にメンバーの選出をした。

しかし、田島にはどうしてもその結果を受け入れることが出来ず、我が儘だと自分でもわかっていながらこうして駄々をこねている。



「田島」



花井と一緒に行きたいとごねる田島を叱咤したのは、西広だった。
思わぬところから声が上がったのことに田島は驚いて西広を見た。



「そうやって我が儘言ってる間に浜田さんの状態は酷くなってるんだよ?それに、俺達だってただ大人しく待ってるわけじゃない」



厳しいながらも諭すようなその声音に、田島はしゅんと肩を落としたが、西広の言葉に疑問を持ったのか首を傾げた。



「地震の影響でただでさえ建物が弱ってる。それに加えてこの風。多分、これからもっと強くなるかもしれない。そうなったら窓の補強や、もしかしたらもっと安全な場所に移動しなきゃいけないんだ」



ガタガタとけたたましい音を立てる窓は、確かに今にも割れてしまいそうだ。
田島は窓を見て、眠る浜田に視線を移した。
浜田の隣では泉が辛そうな表情で浜田の額に浮かぶ汗を拭っている。



「………ゴメン」



床に視線を落とした田島は唇を噛み締めると、吐き出すように呟いた。
ギュッと握りしめた手の平に爪が食い込む。



「田島、くん」



握りしめた拳を、ふわっと温かなものが包み込んだ。
田島が驚いたように顔を上げると、すぐ隣で心配そうに顔を覗き込んでいる三橋と目が合った。



「お、俺も…行き たい……けど、ま…待って る、よ。きっと、薬たく さん持って、帰って 来るから」



小さく呟きながら三橋はちらっと阿部を見て、またすぐ田島に視線を戻した。
その瞳には田島と同じく着いて行きたいという思いと、残るべきだという思いの葛藤が渦巻いており、田島は三橋の目を見つめてうなだれた。



「…わかった。待ってる」



沈んだ声で呟いた田島は、バッと顔を上げると花井の方を見た。
急に振り返った田島に驚きながらも、花井は田島の目を見返す。



「待ってるから、絶対帰って来いよ!」



真剣な表情の奥には、抱え切れないほどの不安が溢れている。
それでも田島は、三橋が阿部を信じて待つように、花井を信じようとしている。

その思いが花井に通じたのか、花井は苦笑すると田島の頭にポン、と手を置いた。



「当たり前だろ。…他の奴らを頼んだぞ」



花井がそう言ってふわりと微笑むと、田島はグッと歯を食いしばりながら頷いた。










「じゃあ、行ってくるな」



街では何が起こるかわからない。念のため非常食などをスポーツバッグに詰め込み終えると、花井達はそれぞれ荷物を背負って出口へ向かった。



「気をつけてね。何かあったらすぐに戻ってきなよ」

「ああ。無理はしないようにする」



扉を開けて出ていく4人を、栄口は真剣な表情で見送る。
花井が出て行き最後に泉が扉を出る時、泉は栄口を振り返った。



「栄口。…浜田を頼む」



泉はちらりと浜田が眠るベッドに視線を飛ばし、すぐに栄口に視線を戻す。
そんな泉に、栄口は深く頷いた。



「任せて。泉も絶対帰って来るんだよ?じゃないと、浜田さんが目を覚ました時驚いちゃうからね」



ニッコリと笑う栄口に、泉は軽く笑い返すと保健室を出た。
















「……想像以上だな…」

「ヒデェ臭いだ…」



保健室を出て1時間。ようやく4人は街へと降り立った。

その長い道程の先にあった街は、既にその存在を残してはいなかった。



崩れ落ち、黒く焦げたコンクリートのビルや家。

街路樹は根本しか残っておらず、道路には炎によってタイヤが溶けた自動車が転がっている。

ガソリンに引火してしまったのだろう。粉々になった車の破片が飛び散り、中には深々と地面や建物の壁に突き刺さっているものもある。



そして崩壊した街に広がる、死体の数々。



地震によって亡くなったのか、それとも炎に撒かれたのかはわからない。
けれど、どれも炎に飲み込まれ、既に黒い炭と化している。

それが遺体だとわかるのは、それらが辛うじて人の形を保っているからだった。



まるで空爆があったように、人々は死に絶えていた。







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