不透明な僕らは、

□第4章
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「なんだ…?」

「街が…燃えてる…」



屋上のフェンスに張り付くように、花井と西広は目の前の光景を凝視した。

街の様子を見てみようと言ったのは西広だった。
校舎の中で街を見渡せるのは屋上で、二人は瓦礫で埋もれる階段の合間を縫うように少しずつ進み、ようやく屋上へ辿り着いた。

疲れきった二人の視界に飛び込んで来たのは、真っ赤に燃え上がる巨大な炎だった。



「火事か?」

「それにしては火が大き過ぎる気がするけど…」



遠くに見える炎は、家が一軒燃えているというような小さなものではなく、先程西広が言ったように街全体を炎が包む大きなものだった。

一体街で何が起こったのか。

花井と西広は呆然とした面持ちで街を見ていると、右手の方から巨大な炎の塊と、地面を揺らすような爆発音が響いた。



「爆発!?」

「あっちは…、そうか!ガソリンスタンドだ!」



生まれて初めて見た爆発に西広が驚いていると、花井がハッとしたように呟いた。



「じゃあ、この炎って…」

「多分、ガソリンスタンドの爆発が誘発して起こってるんだと思う」



幸い、西浦高校は周りを畑に囲まれ、火の手が回ってくる可能性は低い。
見る限り炎は街全体を包んでいるが、消防車が活動している様子はなく、火の爆ぜる音がここまで聞こえてくるほど静かだ。



「みんな…無事…かな?」



ポツリと呟かれた西広の声に、花井は答えることが出来なかった。
目の前に広がる炎は、花井達の希望をも燃やし尽くすほどの勢いで灰色の空に昇っていく。
















「今、少し揺れなかった?」

「うん。なんかドーンって音も聞こえた気がする」



売店のカウンターの奥からひょいっと顔を出した沖は、そこらへんに転がったダンボールを漁っていた栄口を見た。
二人ともしばらく動きを止めて耳を澄ませていたが、特に何か変化が起きるわけでもなくまた作業へと戻った。



「なぁなぁ!こっちにいっぱいパンがあったぞー!」



食堂の方に探索に行っていた田島が軽い足取りで売店にやってきた。
その両手には溢れんばかりのパンが乗っていて、栄口も沖も表情を明るくした。



「やったね!」

「賞味期限にも余裕あるね!」



田島が持っていたパンは市販されているパンで、賞味期限がはっきりしているものばかりだ。
幸い今は夏ではないので、少しくらい賞味期限を過ぎても食中毒の心配はしなくていいだろう。

空にしたダンボールの中にパンを詰めると、全部でダンボールは2箱程にもなった。
他にも売店に売っていたノートや鉛筆、消しゴムなど、何かの役に立つのではないかと思われる物もダンボールに詰めた。



「へぇ、売店ってこんなのも売ってんだな」



新品のジャージを手に取って沖が驚いたような声をあげた。
高校指定のジャージはないが、わざわざ外で買うのが面倒だという生徒や忘れ物をした生徒の為なのか、どこのメーカーかもわからないシンプルなジャージが上下セットで棚に置かれていた。

それだけでなく、売店の棚にはタオルや体育館用のシューズなどもある。



「思ってた以上の収穫だったね」

「もう3時じゃん!浜田も目が覚めてるかもしんねーし、戻ろうぜ!」



壁から落ちてしまっていた時計は、それでもカチカチと規則正しく動いている。
その時計を見た田島がそう告げると、栄口も沖も頷いて両手いっぱいの戦利品を持って保健室への帰途へとついた。
















「ぐっちゃぐちゃだな…」

「うわっ!ここ画鋲散らばってる!」

「……水谷、お前こないだの小テストの点数ヤバイぞ」

「ちょ、阿部!勝手に人の答案見ないでよ!」

「お前ら…」



巣山、阿部、水谷の三人は職員室へ来ていた。
教員用の机が規則正しく並んでいた面影はなく、職員室は机がズレたり棚が倒れたりと燦然とした状態だ。

プリントや教科書類が散らばった床を気をつけながら歩き回るが、めぼしいものは見つからない。



「あっちって、休憩室だよな?」



巣山は職員室の入口とは反対側の壁にある扉を指差した。
そこは教員達がお茶をしたり談話したりする為の小さな部屋で、ソファーとローテーブルと食器棚、そして簡易用の小さな冷蔵庫しかなかった。



「…お!お茶受け発見!」



倒れた食器棚を気をつけながら物色していた巣山が長方形の箱に入った饅頭の詰め合わせを引き出しの中から引っ張り出した。



「冷蔵庫にお茶があったよー」



俯せに倒れていた冷蔵庫をなんとかひっくり返し、水谷は中から数本のペットボトルを取り出した。
一本は既に開いており、半分ほどに減ってしまっているが、貴重な水分には違いない。

そのあと、部屋の隅にクッキーがたくさん入った缶が転がっているのを巣山が発見したが、その他にめぼしいものはなかった。



「おい、そろそろ戻んぞ」

「え?あ、ああ」



職員室から阿部が顔を覗かせた。
どこか険しい表情で、少し青ざめているような気がする。
切羽詰まったように阿部は巣山と水谷を急かして職員室を後にする。

突然の阿部の行動に疑問を感じた巣山は前で早足に歩く阿部に声をかけた。



「どうした?何かあったのか?」



巣山の呼び掛けに阿部は振り返ると、少しの逡巡の後、小さく呟いた。



「……先生が、………死んでた」



巣山と水谷は驚きに目を見開いた。






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