不透明な僕らは、
□第4章
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「泉、くん」
「ん?どうした?」
どこかぼんやりとした表情で泉は三橋を見た。
泉の顔にはハッキリとした疲労の色が浮かんでおり、昨晩あまり眠れなかったせいか、目の下にはうっすらとクマが出来ている。
「き…昨日、寝 た?」
三橋は昨晩の泉の様子に気がついていた。
実は、三橋自身、昨晩は寝付けなかったのだ。元々精神的プレッシャーや心配事があると眠れなくなってしまう質であったのも理由だが、昨晩聞こえた泉の呟きが頭の中でぐるぐる回ってしまい、三橋は眠れなくなってしまったのだ。
心配そうに泉を見る三橋に、泉は驚いたように三橋に視線を返した。
「あ…えと、泉くん、浜ちゃん…のこと 心配してる、から…」
「…俺は大丈夫だよ」
「でも…!」
力無く笑う泉に、三橋は泣きそうに顔を歪めた。
いつも優しくて強い泉の弱々しい姿を見ていられなくて、三橋は眠る浜田に視線を向けた。
「浜…ちゃん!!」
驚いたように声を上げる三橋の視線の先には、緩慢な動きで、それでも確かに目を開けた浜田の姿があった。
その視線がゆるゆると三橋を見て、次いで泉を見た。
泣きそうな泉を視界に納めた瞬間、浜田はふわりと笑った。
「いず…み…」
「…浜田…!」
掠れた声で泉の名を呼んだ浜田に、泉は堪え切れず浜田の胸元に頭を埋めた。
「無事で…良かった…」
胸元にある泉の頭をクシャリと撫でて、浜田は嬉しそうに笑った。
トクン、トクンと聞こえてくる浜田の心臓の音に、泉は涙が溢れた。
「浜 ちゃん」
「三橋…。三橋も、無事だったか…?」
「う、ん!みんな、無事 だよ!」
「そっか…。良かった」
堪えもせず涙を流す三橋の言葉に、浜田は安心したように息をついた。
まだ体中に痛みは残っているし、意識も朦朧とはしているが、皆が無事だったという安心感のため、そんな痛みは気にならない。
「他の奴らは…?」
「今、食料集めてる」
グズ、と鼻を鳴らして顔を上げた泉の目は赤く腫れていて痛々しい。
浜田は濡れた泉の目元を拭うと、困ったように笑った。
「大丈…夫?」
ギュッと浜田の服を掴んでいた泉は苦しそうに眉を寄せた。
「バカ浜田!…なん、で…!自分の方が、大変…なくせに…!!」
「…泉」
ボロボロと涙を零し、しゃくりあげながら必死に言葉を紡ぐ泉の頬に浜田はふわりと手を置いた。
「俺は、大丈夫だから。…ちゃんと、ここにいるよ」
にこりと笑う浜田の手の温かさをしっかりと感じながら、泉はゆっくりと微笑んだ。
「…繋がってくれ……クソッ!!」
呟いた言葉に答える者は誰も残っていない。
木之下はエラー音を響かせ続けるコンピュータ画面を睨みつけながら唇を噛んだ。
青いスクリーン上に不自然に広がり続ける白い雲の塊を確認した木之下は、それ以来外部と連絡を取ろうとあらゆる手段を講じていた。
木之下がいる研究所は日本本土から少し離れた海上に浮かぶ、小さな島の上にある。
世界の情報を掌握でき、尚且つ電波障害を案じての設立場所であったが、電波自体が機能を果たさない今となっては、その立地は裏目に出てしまっている。
これから世界に巻き起こる災害を知りつつ、それを伝える術を持たない今、身の回りに山のように積まれた最新機械の数々はただの鉄の塊に過ぎない。
うなだれた木之下は、デスク脇で倒れていた写真立てを手に取って、白い埃を払った。
「…嘉穂…美砂…」
木之下は、写真の中で笑う最愛の妻と、まだ幼い一人娘を想った。
先月4歳の誕生日を迎えたばかりの娘はまだまだ甘えたい盛りだ。
けれど特殊な職業柄、木之下は研究所から離れられず、その娘の誕生日を共に祝うことは出来なかった。
本当は家族3人で娘の誕生日を祝いたかったはずなのに、妻も娘も文句一つ言わず、バースデーケーキを前に撮った楽しそうな写真を添えて手紙を寄越してくれた。
二人は無事なのだろうか。
絶望的な現実を、世界中の誰よりも目の当たりにしている木之下は、それでも希望を捨てられずにいる。
ポタリ、とひび割れた写真立てのガラスの上を透明な雫が流れた。
誰もいない孤島にあるこの研究所は、木之下にとってまるで牢獄のように感じた。