不透明な僕らは、

□第2章
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真っ暗な部屋に、青い電球の光が微かに点った。緊急事態用の自家発電の装置が作動したようだ。
接触不良なのか、電気は時々パチパチと音を立てて点滅するが、その光は暗闇を確かに照らしてくれる。



「…う…」



意識の浮上を感じて、木之下は微かに呻いた。
体を少し動かすと、カサッと紙が擦れる音が響いた。

目を開けば、薄ぐらい青い光を反射してひび割れたコンピュータの画面がキラリと光っているのが見えた。
先程の地震でコンピュータもショートしてしまったようだ。いつもは必ず響いているコンピュータの起動音も何もしない。
ただカチッカチッと時計の針が動く音だけが響いている。



コンピュータが弾き出した地震の到達予測時間を見た瞬間、管理室は絶望に襲われた。

たった一分の時間で、一体何が出来るというのだろうか。
何をするにももう手遅れな中、木之下はただこう叫ぶことしか出来なかった。



自分の安全を確保しろ、と。






「…うぅ…」



定まらない意識の中、掠れた声を耳がキャッチした。
自分の他に、生存者がいるのだ。



「だ…大丈夫か…!!」



身動きを取ろうと体を捻った瞬間、全身に痛みが走る。痛みに一瞬視界が暗くなり、目の前に白い光がちらついた。
木之下は歯を食いしばり痛みの波を堪える。

ようやく落ち着いてきた痛みと、回復した視界に息をつき、木之下は辺りを見渡した。
壁際に立てかけていた棚は耐震用に設置していたにも関わらず全て倒れ、中には部屋の中央にまで滑ってきているものもある。
つい先程まで整頓されていたデスクはぐちゃぐちゃに入り乱れている。

悲惨としか言いようのない光景の中、すぐ近くに倒れた棚辺りでファイルが雪崩を起こした。
もしかしたら、誰かが動いた拍子に起きたのかもしれない、と思い木之下は足の踏み場もない管理室を瓦礫を掻き分けながら進んだ。

立ち上がる力すらなく、はいつくばって少しずつ進む。



「木之下…チー…フ」



苦しげな声が正面から聞こえたが、どこにいるのか木之下にはわからなかった。
声から察するに、地震発生直前に木之下の斜め後ろにいた部下のようだ。



「崎山か!?どこだ?どこにいる!?」



這いつくばった状態で叫ぶと、舞った埃が器官に入ってムセてしまった。ヒリヒリとする痛みに涙が滲んだが、木之下は服の袖で乱暴に拭うと声しか聞こえない部下を探し続けた。



「ここ…です…。何か…の、下敷きに…」



ゼイゼイと荒い息を吐きながら崎山は木之下に自分の位置を伝える。
木之下は声を頼りに、ある棚の方へてやってきた。その下の、暗い隙間から声が聞こえる。



「チー…フ、他の…みんな、は…?」



棚の隙間を覗き込んで見れば、そこには確かに崎山がいた。
暗いその中で疲れた顔をした崎山はぐったりと棚に押し潰されている。
もう、助けようがなかった。



「他の奴らの、気配はないんだ…」



散乱とした管理室の中に、崎山のように棚やデスクに押し潰されてしまった人間は一体何人いるのだろうか。



「そう…ですか…」



悲しげに呟く崎山の声には、仲間の死を悲しむ響きはあっても、自分の死に対する恐れのようなものはなかった。



「チーフ…だけで、も、…無事で…よかっ、た」

「おまえだって生きてるじゃないか」



木之下は、自分が残酷な言葉を言っていることはわかっていた。

助ける術もない、目の前で弱っていく部下に、お前は生きているのだから希望を持て、と言っているのだ。

それ以上残酷な言葉など、あるのだろうか。

木之下は自分のふがいなさに、唇を噛み締めた。



「チーフ」



ふと、崎山が息を吐いて笑った。
木之下は驚いて崎山の顔を見た。



「俺…、チーフに憧れて…ここ、に…入ったんです」



その目は、光が差し込まない暗闇にいながらもキラキラと輝いている。



「…短かった、けど……一、緒に働…けて、嬉し…かった」

「崎山!もういい!!しゃべるな!」



段々小さく、呂律が回らなくなっていく崎山の言葉に、崎山はすべてを悟っているのだと木之下は理解した。
それでも、木之下はそれを受け入れることは出来ない。

部下の死を、黙って見送ることなど出来ないのだ。



「今、そこから出してやる!絶対、出してやる!!」



木之下は力の入らない足に、無理矢理力を入れる。
左足は、ピクリと動き、緩慢ながらも立ち上がる動作を見せた。しかし、右足に目を向ければ、木之下はそれがもう役に立たないであろうことが分かった。

木之下の右足の太腿には、巨大な破片が突き刺さっていた。

瓦礫が突き刺さった太腿は、辛うじて皮と、少しばかりの筋で繋がっているようなものだ。神経は瓦礫によって切断されているのだろう。


まるで人事のように木之下は瞬時に思考を巡らせた。
今は、自分の右足よりも部下の命だ。

木之下は左足だけで立ち上がり、棚に手をかける。



「チー…フ、も…いいん、です」

「待ってろ、今どかすから!!」



左足だけで床を踏み締め、棚を持ち上げようと力を入れる。中々うまくバランスが取れず、何度も倒れてはまた起き上がる。

左膝ががくがくと笑い出す。
それでも木之下は止めない。

カチッカチッと時計の針が進む音だけが響く。



「あ…りがと…ござ、いま…す」



嬉しそうな、泣きそうな声が小さく響いた。

諦めるな!

そう口を開こうとした瞬間、ぐらりと視界が揺れた。
いや、視界だけではない。管理室全体が揺れている。



余震が来たのだ。



ガラガラと崩れ落ちる棚。
天井が上から降ってくる。



「崎山!!崎山!!!!」



隙間すら埋めつくされてしまった。
木之下は微かに揺れ続ける床の上で、ただうずくまって泣き続けた。



カチッカチッと、時計だけが変わらず動いていた。






窓から差し込み始めた微かな明かりが室内を照らした。

夜が明けたのだ。


涙で滲む視界で、割れた窓を見上げた。





20XX年 3月1日 7:41





見上げた空に、色はなかった






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