不透明な僕らは、
□第2章
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「皆!大丈夫!?」
百枝の声が耳に入り、ふと意識が上昇した。栄口はなんとか上半身を起こす。
体中に痛みが走って、一瞬息が詰まった。
「いっててて…」
田島の声が聞こえて、右側がサード側だとわかった。皆の安否を確かめる百枝の声が真正面から聞こえるあたり、自分はちゃんとセカンドの位置にいるようだ。
地面に手を這わせると、セカンドベースらしき感触があってホッと肩を撫で下ろした。
「モモカーン!これどうなってんの!?」
元気そうな声で叫ぶ田島に、百枝もホッとしたようだ。
「地震があったのよ。田島くんは無事ね!他の皆は?」
「俺は無事っす」
百枝のすぐそばで阿部がむくりと起き上がった。
阿部は防具をしっかり身につけていたため、他の部員達よりもダメージは少なかったようで、既に落ち着いた声だ。
「三橋!大丈夫か!?」
「…だ、だいじょ ぶ…だよ!」
阿部がマウンドに向かって叫んだ。
一拍遅れて三橋が返事を返す。声だけでは心許ないが、嘘をついている響きはないので安心して大丈夫だろう。
「栄口も無事です!」
「沖も大丈夫です」
百枝に向けて栄口と沖は自分の安否を伝える。
内野陣は皆無事だったようで、誰ひとり怪我を訴える者はでなかった。
ただ、心配だったのは外野陣だ。
今日はグラウンドが全面使える状態だったので、内外で別れたとき外野はいつもより遠くに集合していた。
耳をすませてみても、風に掻き消されて声がしているのかどうか、よくわからない。
「…水谷…」
何かが倒れてくるような心配はないため、無事だとは思うが、やはりその声を聞かないと安心できない。
それは恐らくあちらも同じだろう。
いや、むしろ不安はあっちの方が大きいかもしれない。
内野陣には百枝という大人がついているため、まだ安心感があるし、自分たちがグラウンドのどの位置にいるのかはベースを頼りに把握できる。
しかしあちらには大人など誰もいないし、方角を知る手だてもないのだ。この暗闇の中、それは想像も出来ないほどの恐怖を与えるだろう。
「はーないー!!」
突然、サードから田島が叫んだ。
ビックリしてサードを見る。暗闇に何も見えないけれど、田島も同じように不安がっているのはその声が微かに震えていることですぐに分かった。
田島のその叫びが届いたのか、しばらくして微かに声が聞こえた。
「田島か!?大丈夫か!?」
しっかりした声に、花井もたいした怪我はしていないと伺える。
それなら水谷も無事だろう、と栄口の中で期待と安堵が生まれる。
「花井くん!外野の子たちは無事!?」
花井の声を聞き付け、百枝はグラウンド中に響き渡るくらいの声量で叫んだ。
「外野は全員無事っす!!」
何テンポか遅れて返って来たその言葉に、栄口は深く安堵のため息を零した。
「今は何時なのかしら」
全員の無事を確認した百枝は、とりあえずその場から動かないようにと指示を出すと、少し疲れたように息を吐いた。
風は冷たく、既に冷め切った体はブルブルと小刻みに震えている。
百枝の腕時計はアナログ式なため、ライトの機能などはついていない。少しでも明かりがあれば何とかわかるかもしれないのだが、暗い空に太陽が隠れている気配はない。
たしか、ベンチに携帯を置いてたはず…
百枝は練習の邪魔になるから、とベンチに置きっぱなしにしていた携帯の存在を思い出した。
ホームベースからベンチまでの位置関係や距離は覚えている。
暗闇の中だが、何とかいけるか。
百枝はそう判断し、近くにいる阿部に声をかけた。
「阿部くん。ちょっとベンチまで行ってくるから、何かあったらすぐに叫んで呼んでちょうだい」
「は!?危なくないっすか?」
いくら慣れた場所だからといって、さすがにこの暗闇の中一人でベンチまで行くのは危険だろう。
阿部は驚いて百枝の声がする方を見た。
「大丈夫、ちゃんと気をつけるわ」
「なら、俺も行きます」
「ダメよ」
「防具つけてるし、監督よりかホームベースとベンチ行ったりきたりしてますんで、距離感もありますよ」
確かに、阿部の言うことは最もだ。
しかし、子供を危険なことに巻き込むわけにはいかない。
百枝はどうするか悩んだ。
すると突然、右手に生暖かい感触がぶつかって来た。
「あ、アイちゃん!?」
ハッハッと空気を吐き出す度に漏れる音と、犬独特の毛並みや体温にそれがアイちゃんであることを知り、その突然の出現に、百枝は驚いた。そんな百枝の様子を知ってか知らずか、アイちゃんは百枝の膝に両足を乗せて顔をグリグリと百枝の腹に押し付けている。
「無事だったのね……ん?何持ってるの?」
暗闇の中で何秒かに一度、ピカリと緑色の小さなランプが点ってはすぐに消えている。それはアイちゃんが口に加えている物から発せられているようだ。
百枝はそれに見覚えがあった。
携帯のメール未開封を知らせる光だ。
「アイちゃん!!携帯持って来てくれたの!?」
携帯をポトッと百枝の膝に落としたアイちゃんは体を精一杯伸ばして、座り込んでいる百枝の顔を舐めた。
アイちゃんをぎゅうっと抱きしめて、百枝は早速携帯を開いた。
パッと画面が光り、その眩しさに目が眩んだ。
「…4時…52分」
明るい画面に浮かび上がった時間に、自分たちは思っていた以上に長い時間をこのグラウンドで過ごしていたのだと気付いた。