不透明な僕らは、

□第1章
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16:24 地震発生まで 1時間12分







「浜田、今日はー?」



ホームルームの終了を担任教師が告げた途端、田島は席を立って浜田の机まで走って来た。
その肩には既にスポーツバッグがぶら下がっており、部活に行く準備は万全だ。

もう日課になったその質問に、浜田は苦笑いをしながらマフラーを首に巻き付けた。



「ワリ。今日バイト」

「えー!なんだよ―!せっかく全面使える日なのに」

「おい田島!ムチャ言ってんなよ」



ぶー、と頬を膨らます田島の頭を後ろから軽く小突いたのは泉だ。その隣には、田島と同じくがっかりした表情を見せる三橋もいた。どうやら会話は聞こえていたようだ。



「泉だって浜田いねぇとつまんねーだろ?」



ニヤッと笑う田島に泉はアホくさ、とため息をついてみせた。



「おら、さっさと行くぞ。じゃあな浜田」



浜田の机にへばり付いていた田島の首根っこを引っ張って泉は教室から出ていこうと踵を返した。
さっきまで浜田の机にベッタリだった田島はその泉よりも早く出口に到着し、じゃーなーと浜田に手を振る。三橋は三橋で、トタタタタ、とスポーツバッグを揺らしながら浜田に手を振って田島に続く。



「部活頑張れよー」



三人にヒラヒラと手を振りながら浜田はショルダーバッグを肩にかけた。

三人がいなくなった教室は、火が消えたように静かになった。他にもたくさんクラスメートが残っているというのに。
その有りすぎる三人の存在感に改めて気付かされ、浜田はクスリと苦笑した。

ふと窓の外を見てみれば、どんよりと暗い雲が太陽を覆っている。
今日も外はとても寒そうだ。



「さって…、俺もバイト行くかな」



手袋を装着して、準備は万端だ。
黒板の上に設置してある時計を見れば、4時30分を少し過ぎたあたりだ。バイトは6時からだから一旦家に帰ってから向かうことにしよう。

計画を立てながら浜田はのんびりと教室を後にした。














16:55 地震発生まで 41分







「さっむー!!」



アンダーの上からジャージを着込み、更にその上からまるで水泳選手が着るようなロングのベンチコートを着込んで、それでもガタガタと震えているのは水谷だ。

それを横目に呆れたため息をついた阿部は寒い様子も見せず黙々と今週末の対戦校のデータ表を眺めている。
ベンチには阿部と水谷、そして水などを準備している篠岡だけだ。



「あ、花井くん」



フェンス前で監督である百枝と今日の練習について話していた花井がベンチの近くを通り掛かった時、篠岡が花井に声をかけた。



「監督にはもう言ったんだけど、今日ちょっとお母さんの代わりにおばあちゃんの介護しなきゃいけなくて、もう帰らなきゃいけないんだ」



とりあえず準備だけはしたけど、と言う篠岡に花井は驚いたように目を丸くした。



「言ってくれたら準備くらいしたのに。わりぃな」

「マネジだもん。このくらいはしとかなきゃね!」



申し訳なさそうに頭を掻く花井に、篠岡はにっこり笑って首を横に振った。



「ご飯は一応炊いといたけど、使わなかったら置いといてね。それで明日は雑炊でも作るから」



篠岡のその言葉におぉ!と歓声を上げたのはベンチに座って縮こまっていた水谷と、いつの間にやって来たのか、先程まで軽くキャッチボールをしていた田島と三橋だ。

三人の喜びように篠岡はまだ寒いからね、と言ってクスクスと笑い、花井ははぁ、と呆れてため息をついた。



「ありがとな。おし、部活始めんぞー!!」



篠岡に礼を言うと、花井は全員に聞こえるように大声で集合をかけた。

真冬より日は少しだけ長くなったものの、辺りは既に暗くなり始めていた。



















17:27 地震発生まで 9分






「元原隊長、これを!」



切羽詰まった声で元原を呼ぶのは、今回が初調査である中瀬だ。
元原は何か失敗でもやらかしたのか、とわざと顔をしかめて中瀬に向かって歩いていく。

中瀬が見ていたのは地核の状態を超音波によって測定する機械だ。それは常に自動で更新されるため、新人のちょっとしたミスなどではびくともしないはずだ。
それを見て慌てているということは、余程変な操作をしたか、あるいは地核に何かあったかだ。

どちらにしても放っておいて良い状況ではないことは明らかだ。
元原は急ぎ足で中瀬の隣につくと、画面を覗き込んだ。



「なんだ、この揺れは…?」



画面内を大きく波打つその一本の線は、まるで震えているかのような、小刻みで大きな山を描いている。

それは、明らかな異常事態だった。



「中央管理室に連絡だ!!急げ!!!」



元原の怒声に中瀬は慌てて無線機を持って来た。元原は無線機に向かって叫びながらモニターを操作し、波打つ画面の情報を読み解いていく。

通信を続けて行くうちに、元原の顔から色が無くなっていく。
その横で、中瀬は不安げに画面と元原を交互に見遣る。画面には相変わらず激しい揺れを示すグラフと、様々なアルファベットと数式が表示されている。



「早く言え!」



元原の耳に当てられたヘッドフォンから怒鳴り声が聞こえた。
中瀬は息を飲んで元原を見る。



「…範囲は全世界。予想震度はマグニチュード10.5」



中瀬は自分の歯がカタカタなっているのに気がついた。それは寒さからくる震えではないことは、自分自身でよく分かっていた。



「退却するぞ!」



観測データを管理室のコンピュータに転送しながら、もう一度報告内容を繰り返した元原は乱暴に無線を切り、素早く立ち上がった。



「は、はい!」



震えて足に力が入らない中瀬は、それでも何とか返事を返し、踵を返す元原に続いた。

今、二人の足元では大地が不気味なうめき声を上げ始めていた。








17:32 地震発生まで 4分







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