頂文。

□今、この瞬間に感じた未来
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どれだけ頑張っても僕らに時間軸を曲げることはできない。春が過ぎて、夏が来るように季節は巡り巡って、その中で数え切れない出逢いと別れを繰り返しながら、きっとそうやって大人になっていく。


「くわあー 明日から春休みだな!」
「勉強、しなくて、いいん、だっ」

「んー、三橋それはちょっと違うかな。それやっちゃうと俺みたいになっちゃうぞ」
「自分でゆーな」
「あはは」

そんなやりとりをする放課後。今日で三学期が終わった。グラウンドは土の入れ替え作業により使用禁止。従って今日は部活もおあずけ。

「でもさー明日から学校ないってのに部活できないなんて最悪だよ」

終礼はとっくに終わっていて、教室には四人の姿しかない。窓辺に頬杖をつきながら田島がちぇっと口を尖らせる。開け放たれた窓からはまだ少し肌寒い春の風が入って来た。

「土の入れ替えだってんだからしょうがねーだろ」
「次練習する時には今までより野球やりやすい環境になってるよ」
浜田の言葉にんーと考えながらもやはり納得がいかない様子の田島。

「俺はちょっとくらいグラ整手抜いてます的なグラウンドのほがいろんなことありそうで好きだけどな」

ここでいういろんなことがいいことではないことくらい誰にでもわかった。そんな田島を、やっぱりこいつは天性だよなとその場にいる全員が内心崇めていた。もうすぐ季節は春になる。そうすれば、俺達はここで二回目の桜を見ることになる。

「なー、三橋は高校卒業したらどーすんの?」

突然、田島はそんな質問を投げかけた。

「何…!なんでまたそんなことを」
「いやなんとなくさー」

彼にしては意外な内容の質問に浜田が過剰に反応を示した。田島からの唐突な質問に肩をピクッと動かした後、三橋は口をおの字に開いたまま固まってしまった。すかさず泉が助けに入る。

「お?」

そうすればゆっくりと話し出す三橋。

「お、れ、ずっと野球、続け、て……たいっ」

つかえながらの小さな主張だったが、そこに確かに強い意志を感じた。それを聞いた田島は真剣な眼差しで三橋を見つめていた。そして少ししてにかっと並びのよい歯を見せて笑った。

「だよな!俺も一生野球してたい!野球しない毎日なんて考えらんねーよなっ」

そう言って三橋の肩をぐっと引き寄せた。その行為によろけながらも嬉しそうにぎこちなく笑う三橋。そんな二人を見ていた浜田もまたつられるように笑みをこぼす。

「なーんかお前ららしいな」

そう言った後、浜田は目を細めた。野球の道を捨てた浜田。彼の過去は彼以外知らないことで。だからなぜ今の道を選んだのかとかその笑みの裏にどんな想いがあったかとか、そういうことは誰にもわからなかった。ただ一つ言えるのは、そこにはもう前を向いた浜田がいたということ。

「でもよー、死ぬまで野球するってちょっとしんどくねえ?」
「んなことねーよ!死ぬ直前までバットの芯でボール打ち抜く衝撃とか、飛んできたライナーグローブで取った瞬間の気持ちよさとか味わえんだぜ。やっべーよ」

田島は興奮に体を震わせた。

「んー、まあわからなくはないけどな。じゃあさ、二人はプロとか考えてんの?」

泉の質問に一瞬だけ、空気が止まった。"プロ"それはとてつもなく大きなもので、なんだか現実味を帯びない言葉だった。しかし、この二人にとって、それは全く関連性がないものなわけではなかった。彼等の技能は野球部を始めとする関係者は皆知っていた。それを知っているからこそ、なんとなく心寂しくなるような気持ちがしてしまったのかもしれない。


「わかんねー」


沈黙を破ったのは田島だった。


「俺はとりあえず野球がやりてーだけ。それ以外はなんも考えてないよ」

そう言い切った田島。横にはそれを聞きいてぶんぶんと首を縦に振る三橋がいた。

「そっか」

机に座っていた浜田が立ち上がった。

「じゃあまだぜーんぜんわかんねーな、俺達」

浜田は腕をぐーっと伸ばして背伸びをした。

「いいじゃん。時間はまだまだあるぜ」
「そーだな」
「俺た、ち、まだ、ここで、野球するん、だよっ」


その瞬間の三橋は今までで一番凛々しく見えた。


この先誰がどんな道を進むかなんてまだわからない。それを決めるのはきっと、今全てを注いで没頭している野球から引退した時。今の俺達にはまだボール以外は見えていない。それでも二年後、俺達はここを離れることになる。時々考えてしまう。五年後、俺達は何をしているんだろう。それは俺達を少しだけ不安にさせた。考えれば考えるほどわからなくなって、そこから逃げた。


でも今、確実にわかったことがある。どれだけの年月が流れようとも、ここで見た景色は変わらない。きっとまた、今と変わらない顔で笑う仲間がいる。
四度目に見る桜はきっと、俺達を満開の花吹雪で送り出してくれる。







今、この瞬間に感じた未来





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