君と世界と、僕。

□第6話
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交代して番をすることになった。番以外のメンバーは寝袋に包まると、疲れが溜まっていたせいか直ぐに眠りに着いた。

最初の番は花井だった。















モンスターが寄ってこないように火を絶やさないため、薪を一本焚火に投げ入れた。
渇いた枝はパチパチと音を立てながら燃え上がり、テントと花井を赤く照らす。

襲い来る眠気を払うため、花井は剣の手入れをすることにした。



剣の手入れは同時に心を手入れすることだ



花井に手入れの仕方を教えてくれた旅の剣士はそう言っていた。

剣が曇っていると心も曇る。

刃が研がれていないと判断力も鋭敏さを失う。

柄の握りが甘ければ心に隙が生まれる。



剣は心で磨くものであり、心とともに成長していくものなのだ。



剣士は酔って少し赤くなりながらも、真剣にそう話してくれた。



「まるで野球と同じだな」



ふ、と口元に笑みが浮かぶ。



花井がこの世界にやって来たのは半月以上前のことだ。創造主によって与えられた情報と、この剣と共にこの世界に来た。当初は馴れないことばかりだった。野営の知識は情報の中に含まれていた。
けれど、知っていることと実際にやるのとでは全く違う。上手くいかないこともたくさんあった。モンスターとの戦いでも同じだ。

剣の扱いについては、何故だか知らないが身体が知っていた。けれど怪我だって沢山した。教会で治療を受けたため、傷は残っていないが、数え切れないほどの擦り傷から大きな傷、そして毒や麻痺だって受けた。
死ぬかも知れない、と思ったこともあった。


けれど、死ぬわけにはいかなかった。


自分には帰らなければならない場所があったから。
帰りを待っている人がいたから。

そして、会わなければいけない奴らがいたから。



「ここまで来れたのはきっと、あいつらのお陰なんだろうな」



また全員で、野球がしたい



その思いが、花井をここまで連れて来た。そしてきっと、その思いがこれからも花井をつき動かす。



「おっし。綺麗になった!」



焚火の明かりを受けてキラキラと輝く剣を満足げに眺め、花井は剣を構えた。

剣の柄はよく手に馴染む。まるでバットのグリップのようだ。
剣を握るたび、花井はバットを思い出し、野球を思い出す。
剣を磨くたび、花井は野球の練習の日々を思い出す。



「野球、してぇなぁ」



思っていた以上に、自分は野球が好きなんだと、この世界に来て思った。



「しよーぜ!野球!」



剣を眺めながら独り言として呟いた言葉にまさか返事が返ってくるとは思わなかった。
テントを振り返ると、そこには目をキラキラさせた田島が上半身だけをテントから出していた。



「まだ起きてたのか?」

「目が覚めた」

「そういや、馬車んなかで爆睡してたもんな」



田島は午前中のほとんどを寝て過ごしていたのを思い出し、花井は苦笑いした。
田島はテントから這い出して来ると、花井の隣に腰掛けた。



「野球、しよーぜ」



先程と同じ言葉を繰り返す田島に、花井は首を傾げた。
同じ言葉なはずなのに、その響きは少し暗い。



「珍しいな。不安…なのか?」



花井は少し下にある田島の顔を見ると、田島はしばらくの間焚火の炎を見つめ、花井を見てへにゃり、と笑った。



「ちょっとだけ」



そう笑う田島を見て、花井は思い出した。

この世界で再会してから、田島はやけに花井にくっついて来ていた。元の世界でもスキンシップは多かったのだが、この世界では常に田島が隣にいた気がする。

いつもはいい加減にしろというほど素直な田島は、こう言った肝心な場面になるほど本音を隠し、いつもの自分でいようとする。あれはきっと、田島のささやかなサインだったのだ。



「元の世界戻って、嫌ってくらい野球、しような」



花井は自分の肩の位置にある田島の頭にポン、と手を置くと安心感を与えるような穏やかな声で、田島にしか聞こえないくらいの声で呟いた。

一瞬驚いたように田島は花井を見上げたが、直ぐに顔を下に向け、小さく頷いた。







「明日もあるんだ。少しだけでも寝とけ」



しばらく黙って二人は炎を眺めていたが、花井はそう言って田島をテントへ戻した。田島はそのままおとなしく寝袋に包まると、すぐに寝息を立て始めた。花井はそれを確認すると、また一人炎を眺めた。



「野球、しような」



その為に、絶対に守るよ。



呟きは、パチパチと爆ぜる焚火の音に掻き消された。







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