君と世界と、僕。
□第7話
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ヒゥカザス山の夜が明けた。メンバーはそれぞれ様々な思いを胸に頂上を目指す。段々斜面がきつくなっているのは頂上が近いせいだろう。出て来るモンスターも少なくなってきた。
「そう言えば、月光華ってどんな花なのか誰か知ってる?」
明け方に降った雨のせいで滑りやすくなっている斜面を登り終え、少し開けた場所に出て一息ついている時に栄口はみんなの顔を見渡して尋ねた。
しかし、誰もその問いに対する答えを持っていないのか、皆顔を見合わせては首を横に振っている。
「幻の華なんだろ?どんなのかなんて知ってる奴いんの?」
「どうだろ…でも噂では、月光華は満月の夜に咲いて、それから24時間しか華を開かないって聞いたよ」
「え?それって満月じゃなきゃ探せねぇじゃん。満月っていつだよ?」
西広が今思い出したかのようにエスペリアで聞いた噂を話した。それに泉は眉を寄せた。
せっかく頂上まで登っても、月光華がないのでは意味がない。それに満月の次の一日しか咲かないのでは、探すにはかなり厳しい条件だ。
「満月?昨日の夜は満月だったよ」
栄口は昨夜木々の合間から確かに見えた満月を思い出した。その言葉に全員驚き、栄口を見た。
「昨日、見張り番してた時に木の隙間から見えたんだ」
「それじゃ、今日中に月光華を探し出さなきゃ次のチャンスは1ヶ月後ってことだな」
急がなきゃな、と呟いた巣山に全員が頷いた。おそらく頂上に着くのは時間はかからない。けれど、見たこともない華を探すのにどれほどの時間がかかるのか検討もつかない。というより今まで野球一筋だった人間がほとんどの中、花についての知識を持ち合わせている奴などいるわけがない。まさしく賭けだ。
一抹の不安を抱きながらも泉たちは一歩ずつ山を登っていく。
「みんな気をつけて。近くにモンスターがいる」
段々視界を占める樹木の量が減って、辺りが見渡しやすくなってきた時、西広が緊張した声をあげた。その切迫した雰囲気に、全員自分の武器を確かめた。
「強さは?」
「強いよ。多分、今まで戦った中で1番」
「どの辺りにいるんだ?」
「スピードが速いけど、大体100……いや、もう50メートルまで来てる!!多分見つけられた!真っ直ぐ……ほら!あそこ!!」
そう叫んだ西広の指の先を見れば、草木が不自然に揺れ、ざわめいている。そして何か黒い物がその木々の奥に見える。
「アレはやばい」
モンスターの姿を確認した花井の口からは無意識の言葉が漏れた。
全長はおよそ3メートルくらいだろうか。真っ黒な体毛に覆われたその獣の身体は花井たちの2倍はある。太い胴体の割に素早いその動きはまるで犬のようだ。
鋭く光る赤い血のような色の瞳には激しい怒りが浮かんでいる。
四つ脚で大地に堂々と立つその姿を見て、泉は昔したゲームに出て来たモンスターを思い出した。名は、フェンリル、と言っただろうか。輝く蒼い毛並みを持った凛々しく巨大な狼だったと思う。昔はそのモンスターの美しく強い姿が敵ながらに好きだった。
けれど、今対峙しているそのモンスターは、毛並みは乱れ、息も荒く、野性的な凶暴さしか見られない。そしてその姿は泉たちに恐怖感しか与えない。
「仕方ない!戦おう!!」
声を出したのは栄口だった。栄口は直ぐさま杖を構え詠唱に入る。それに続くように動いたのは田島だった。
迫り来るモンスターの真正面に立ち、右拳を握り力を篭める。モンスターとの距離が10メートルを切った辺りで大地を蹴ってモンスターの額に的確にパンチを与える。
その攻撃に怯んだのか、モンスターは後ろへ距離を取ろうとした。しかし、後ろには巣山が回り込んでいた。巣山は斧を振り上げモンスターに斬りかかったが、紙一重で交わされた。
「みんな!どいて!」
栄口が叫んだ。詠唱が完了したのだ。巣山たちはすぐにバックステップでモンスターとの距離を取った。
「インディグニション!!」
呪文と共にマグマが地面から沸き上がる。マグマはすぐにモンスターを飲み込み、一瞬の熱気を辺りに充満させて消えた。
「嘘だろ」
中級レベルの魔法は低レベルモンスターならば一度で倒せるほどの攻撃力を持っている。特に火属性の呪文は他のものに比べて攻撃力が高く、またこういった山地に住む魔物の弱点であることも多い。
つまり、栄口の判断は決して間違っているわけではなかった。
「…なんで傷一つついてねーんだよ」
マグマが消えて再び見えたモンスターの身体に傷は全く見当たらなかった。