それでも僕は君と、

□第9話
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泉達が通されたのは白を基調とした調度品で調えられた部屋だった。

それまで通って来た廊下での扉の間隔から言えば、他の部屋もここと同じような作りになっているのだろう。
どうやら研究者に割り当てられた個人部屋のようだ。阿部は部屋の右端に置かれた応接用のソファーに泉達を座るよう促すと、扉近くに備えつけられたキッチンで湯を沸かし始めた。



「そういや、お前らは?」



やかんをコンロにかけたまま、阿部は花井と田島を見ながら問い掛けた。
恐らく手紙には何も書かれていなかったのだろう。
それもそのはず、花井と田島は栄口たちとは面識は殆どないからだ。

その質問を予想していたのか、花井は特に驚く様子もなく、また阿部のどこか尊大な様子に気を悪くすることもなく一度頷いた。



「俺は花井梓。こっちは田島悠一郎」

「花井梓…?って、あの花井道場の跡取り息子の?」



阿部は軽く驚いたように目を軽く見開き、花井の顔を見た。
花井は苦虫を噛み締めたような表情を一瞬見せたが、すぐに苦笑へと表情を変えた。

その一連の変化に、花井にも何か事情があることが伺えたが、泉は花井達がそうしてくれたように、話してくれるまで待とうと思った。
意外なことに、阿部もそう思ったのか、それ以上深い詮索をしようとはしなかった。



「田島って、もしかしてあのシーブス行商の田島か?」

「知ってんの?」



田島に向き直った阿部は先程よりも少し深刻そうな表情で田島を見た。



「ああ。シーブス行商の田島は行商人の中じゃ有名だったからな。ここにもよく品物を納品してくれてたんだ。…確か、3年前に野党に襲われたって聞いたけど…」

「俺は花井に助けられたんだ」



田島は花井をチラッと見ると、笑ってそう言った。

家族を失った傷はまだ癒えていないだろうに、それでも笑うことが出来る田島の強さと花井という心の支えがあることが、泉には少し羨ましかった。



「そうか。惜しい人たちを亡くしたな…。それにしても、なかなか興味深いパーティーだな」



阿部は残念そうに呟いたが、すぐに気を取り直して泉達を見渡した。



「花井道場の息子にシーブス行商田島の息子。それに泉。……これも運命ってやつか」



最後の呟きは小さく、ちょうど沸いたやかんのけたたましい音に掻き消されて泉達の耳に届くことはなかった。















「早速本題に入るが、泉達は魔王を捜してるんだって?」



人数分のコーヒーをいれると、阿部は栄口の手紙を一瞥しながら言った。



「魔王…というか、魔王を捜してるやつを捜してるんだ」

「魔王を捜してるやつ?」

「俺の…家族みたいなもんだ」



家族…か、と阿部は意味深に呟くと、コーヒーを一口飲んで泉の瞳を見た。
何かを探るようなその視線に、泉はソファーに座りながらも僅かに身を引いた。



「俺達がここで研究しているのは、魔王についてじゃない。だから、魔王の居場所なんて知らねぇんだ」



真っ直ぐ向けられる視線と言葉に、泉は一瞬その内容を理解することが出来なかった。



「…え…?どういう…、…は?」



混乱が隠し切れない泉に、阿部はそれでも表情を変えない。
その真っ直ぐ過ぎる阿部の瞳には嘘偽りは全く含まれておらず、それは言葉より雄弁に泉に絶望を与えた。



ようやく会えると思ったのに



脳裏に浮かんだ言葉は、音にはならず泉の心の底に沈んだ。

栄口も篠岡も、阿部ならば力を貸してくれるだろうと言ったし、実質、泉にとって阿部は最後の頼みの綱だった。

しかし、いとも簡単に希望は砕かれた。



「…なんだよ……クソッ!」



じわりと滲む涙に、泉は俯いて唇を噛み締めた。
膝に乗せた拳は白くなるほど強くにぎりしめられていて、痛いはずなのに今はその痛みさえ脳には伝わってこない。

絶望のまま叫んで、誰かに八つ当たりしたい気持ちを押さえ込んで、泉は唸るように息をゆっくりとはいた。



「ただ、」



静まり返った部屋に、阿部の声が嫌に大きく響いた。



「魔力が集まっている場所なら特定出来る。それが魔王の居場所かまではわからねぇけど、確率は高いんじゃないか?」



淡々とした喋り口で告げる阿部の顔を、泉はポカンとした表情で凝視した。

そんな泉を見ながら、阿部は口元だけを引き上げてニヤリと笑みを浮かべた。



ああ、コイツは好きにはなれねぇな。



抑え切れない笑みを浮かべながら、泉はそう思った。



希望は繋がった。







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