それでも僕は君と、

□第8話
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気がつけば、白い世界に立っていた





「何処だ…?此処…」



ぼんやりと回転の遅い頭で考えてみるけれど、一体此処がどこなのか、さっぱりわからない。

ぐるりと辺りを見渡してみる。

白い世界に、一カ所だけ色が見えた。



出口だ



何故かそう思った。
白ではないその色が何色なのかはわからない。ただわかるのは、白ではない、ということだけ。

近付くに連れてハッキリしてくる色。

それでもそれが何色なのかはわからない。


とても妙な感覚だ。




「どうして」




突然、声が響いた。

驚いて周りを見渡してみたが、誰もいない。

一体どこから聞こえてきたのだろうか?

不思議に思って、立ち止まったまま耳を清ませた。
すると、次に聞こえて来たのは鳴咽だった。


声を殺すように、そして感情をも押し殺すようなその鳴咽は、それでも抑え切れず漏れ聞こえてくる。




あの雨の日の、大きくて小さな背中



忘れられない、初めて見た弱い姿






泣かないで



俺は此処にいるから



傍にいるから




泣かないで



俺を見て



遠くに行ってしまわないで



独りにしないで



独りにならないで









届かなかった、願い。

共に居ることを拒まれた、あの日。



涙が一筋、流れた。



白い世界の、色付いた場所。
戻りたくても戻れない、過ぎ去った過去。





「裏切り者」





響く声は、悲しみに溺れていた。




わからない。解らない。分からない。



白い混沌が襲ってくる。



助けを求めて伸ばした手の先には
















「……み!…い…み……泉!」



衝撃と共に、泉はバッと目を見開いた。
心臓がバクバクと音を立てている。
荒い呼吸を繰り返していると、チカチカした視界の中に、人影が見えた。



「……花…井…」

「大丈夫か?うなされてたぞ」



心配そうな表情で覗き込む花井の顔を見て声を出したが、自分でも驚く程に掠れていた。
花井はホッとしたように肩を落としたが、また直ぐに眉を潜めて首を傾げながら泉を見た。



「悪い夢でも見たのか?」

「…わかんねぇ…」



心配顔の花井に、体を起こしながら泉は首を横に振った。

夢を見たことは覚えている。
けれど、その内容は全くといっていいほど思い出すことができない。

まるで、幾重にも白い絵の具を塗り重ねられたかのように夢の内容は頭の中から消え去ってしまっていた。


ただ覚えているのは、不思議な懐かしさと、苦しいくらいの切なさだけだった。
それが自分の感情か、それとも別の誰かの感情なのかはわからないけれど、泣きたくなる程の衝動を泉は夢の中で感じた。



「ホットミルクでも飲むか?」



ぼんやりと視線を暗闇に向ける泉に、花井は立ち上がりながら尋ねた。
部屋には自炊出来るように、ごく簡単なキッチンがついている。そのキッチンに向かう花井はおそらく泉が遠慮して申し出を断ろうともホットミルクを作るつもりだ。

未だ花井達への遠慮が抜け切れない泉には多少強引な方がいいことを花井も理解しているのだろう。
眠気など吹き飛んでしまった泉はその花井の優しい気遣いに頬を緩ませた。



「…サンキュ」



泉は小さく呟いた。

















「一つ聞いてもいいか?」



温かいホットミルクを二人でのんびりと飲みながら、花井は泉に尋ねた。

泉はミルクを飲みながら視線で肯定し、花井の質問を促した。



「泉は、なんでそこまでして浜田さんを捜そうとするんだ?」



花井の突然の疑問に泉は困ったように首を傾げた。
それを察したのか、花井は慌てて付け加える。



「もちろん、家族だからってのもあるとは思う。けど、村で待ってるって選択肢もあったはずだろ?泉は旅をしたこともないんだし。浜田さんが村に戻って来るっていう可能性だって大きいんじゃないか?」



確かに、浜田が村を出たのは突然だった。だからまた突然戻ってくる可能性もないことはない。泉もその可能性を信じて1週間は村で待っていた。
しかし、ふと気付いたのだ。



「あいつは村には戻ってこないって、気付いたんだ」

「…どうして…?」

「勘…としか言えねぇけど、分かるんだ。俺があいつを捜さねぇと、あいつは俺の前には二度と現れないって」



ゴクッとカップに残ったホットミルクを飲み干すと、泉はふぅ、と息を吐いた。

バクバクと荒い鼓動を繰り返していた心臓も、今は落ち着きを取り戻している。
ちらりと花井の奥のベットを見てみれば、田島が掛け布団を床に落として眠っていた。

泉の視線に気付いたのか、花井は田島の方を振り返って苦笑しながら立ち上がる。
床に無造作に落ちている布団を田島に被せてやりながら、花井は切なそうに目を細めた。



「こいつもな、孤児なんだ」



眠る田島の頭をひと撫でして、花井はポツリと言葉を落とした。





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