それでも僕は君と、

□第1話
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「そこの兄ちゃん旅人さんかい?どうだい安くしとくよ!」



威勢のいい声があちらこちらからかけられて、一瞬怯んでしまった。

天気の良い昼時ともなれば、市場は人で溢れていて、先程泉に声をかけてきた露店商も既に別の通行人に声をかけている。

人波に乗って泉は市場を通り過ぎていく。

絶え間無く動く人々を眺めながら泉は小さくため息をついた。



いない。いてもこれでは見つけ出せない。



一旦宿に戻ろうと、流れに乗りながらも泉は路地へと近づいていく。
市場のメインストリートから小さな路地へと入り込めば、そこは周りの人はこの道を知らないんじゃないかと思うくらい誰もいなかった。

人波に埋もれていた時の圧迫感から解放され、泉は深く呼吸した。

やはり人込みはどうも好きになれない。たった数十分歩いただけでとても疲れてしまった。



「…腹減ったなぁ」



ぐぅ、と力無く鳴る自分のお腹に手を当てて泉は肩を落とした。

空腹感は否めないが、かといってあの人込みの中に再び飛び込む気力などない。
どうしようか悩んでいると、あることを思い出した。



「…食堂あったよな」



今晩泊まる宿屋に食堂があったのを思い出し、泉はそこで昼食を摂ろうと決めた。























浜田が泉の前から忽然と姿を消して、1年が経っていた。


別れの言葉も何もなく、あの日から日課になった墓参りに出掛けたまま、浜田は帰ってこなかった。

浜田がいなくなった当初、泉はその事実が受け入れられず、何日も浜田の帰りを待っていた。



それでも浜田が帰って来ることはなく、泉は村を出る決意をした。

















宿屋の扉を開けるとカラン、と扉に付いていた鐘が鳴った。

その鐘の音を聞き付けて奥から店主が出て来る。何やら忙しそうにバタバタ走ってくる店主を見て、泉は申し訳なさそうに眉尻を下げた。



「おや!お客さんかい!探し人は見つかったのかい?」



泉を見た店主は額に軽く汗をかきながらも陽気な笑顔を泉に向けた。



「いや、あの、昼食を食べようと思って…」

「そうかい。あっちが食堂だよ。うちのカミさんは腕がいいから味は保証するよ!」



困ったように笑う泉にニコニコと店主は食堂の方向を指さした。
泉はありがとうございます、と礼を言うと食堂へと向かった。





昼時は過ぎていたせいか、食堂にはポツポツとしか人がいなかった。
窓際の席についた泉は、テーブルの端に無造作に置かれたメニューを手に取った。



「あら、昨日から泊まってる坊やじゃないか」



水が入ったグラスを運んできた女性はこの宿の女将さんだ。
明るく人なつっこい笑みを浮かべる女将さんはテーブルにグラスを置くと、注文は?と笑顔で泉に尋ねた。
パッと目についた定食を頼むと女将さんは、はいよ、と元気よく厨房へと戻っていった。

メニューをテーブルの端へ戻して、泉はまた溜息を一つ吐いた。




この宿の店主と女将さんには泉が旅をしている理由を話していた。
昨晩泉がこの時勢にも関わらず一人で宿にチェックインしようとしているのを訝しんでいたので、簡単に事情を説明したのだ。

元々面倒見のいい二人は泉が旅をする理由を聞いて、何かと世話を焼いてくれた。
それがありがたいと思う一方、その二人の優しさが今は亡き義両親を思い起こさせて少し、辛い。

柔らかく差し込む日の光に誘われるように、ぼんやりと窓の外を眺めた。
絶え間なく通り過ぎる人々は、楽しそうに笑い合っている。











浜田がいなくなって、泉は旅に出た。



それは、浜田を捜すためだった。








どうして自分を置いて、一人で消えたのか。



その答えが知りたくて、それ以上に会いたくて、泉は旅に出た。


旅を始めて1年が経った。

けれど、未だに浜田を見つけだすことは出来ずにいる。














「先週ジェルイスが襲われたってよ」



ふと、近くのテーブルに座る二人の男の話し声が耳に入った。
特に聞く気はなかったが、席が近いので自然と会話は聞こえてくる。



「またかよ!その前はリリーカスって小さな村が襲われたんだろ?」

「モンスターの異常発生が起こってからもう毎月だよな…。この街もいつ襲われっかわかんねぇし」

「不吉なこと言うなよな」



カチャカチャと食器を鳴らしながら食事をする男達の会話の内容なら、泉も前の街で耳にした。
グラスを持つ手に無意識のうちに力が入る。



「最初に襲われたのってどこだっけ?」

「あー…ジェールって村じゃなかったか?1年くらい前だったよな」



ジェールの名前が出た瞬間、泉の肩がピクリと動いた。
先ほどまでは自然と入ってきた二人の会話に耳を澄ませて集中する。



「そうそう!…あそこ、村人全滅したんだろ?」

「可哀想な話だよ。でもよ、不思議なことに軍隊が行った時には村人の墓が建ってたんだってよ」

「へぇ?生き残りがいんのか?」

「いや、村には誰もいなかったって話だ」



泉は目を閉じて静かに息をゆっくりと吐き出した。無意識のうちに入っていた体の力を抜く。





ジェールは、泉と浜田の故郷だ。
そして村人たちの墓を建てたのは浜田だ。
生き残った浜田も、泉も、軍隊が村にやってくる前に村を出た。そのため、ジェールの村はモンスターの襲撃によって滅ぼされたと国は認定したようだ。

二人の会話から意識を離し、泉はまたため息を吐いた。


その時ちょうど良く女将が食事を泉のテーブルへと運んで来て、泉は食事に専念することにした。






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