不透明な僕らは、

□第5章
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木之下は肌寒さを感じて目を覚ました。
ぼんやりと明るくなっている空は未だその色を取り戻すことなく、その空の灰色よりも濃い灰色をした雲が白い太陽を覆っている。

ガラスが割れたために遮断するもののない窓を通って入ってくる風に、部屋中に散らばった書類が宙を舞っている。



「雲が…」



窓から入る風の勢いに押されながら木之下は窓へと近づき、空を見上げて絶句した。

見上げた空では、黒灰色の厚い雲がまさに流れるように右から左へと移動していた。
その勢いは空と地上を遮断し、白い太陽の光を飲み込んでいく。











第5章―キリサクハ、ノヤイバ―
前編










「モモカン、戻って来ないね…」



ポツリと呟かれた水谷の言葉に、誰もが不安げに顔を見合わせる。

百枝が街へ下りて行って、既に丸1日が経過している。
気休めながらアイちゃんと共に遠退いて行く百枝の背中を見送ったのは、花井と西広と栄口だった。

花井と西広は屋上で見た燃え盛る街を思い出し、肌寒いにも関わらず嫌な汗が背筋を伝うのを感じた。そして二人は今朝、部員達が目を覚ます前に屋上へ上がり、街の様子を見ていた。
街は昨日程ではないにせよ、まだ炎に包まれており、相変わらず消防活動が行われている様子はない。

阿部たち同様、花井と西広は屋上で見た光景を他の部員たちには話していなかった。
炎に包まれた街にいるだろう家族たちを助けに行く、と誰かが言い出さない保証はないからだ。

遠目からでもわかる街の惨劇のただ中に、何の力も持たない一介の高校生が乗り込むのは死を意味する。
花井や西広自身がどれほど街に向かいたいと思っても、ここで他の部員達を先導し、死にに行く行為をするわけにはいかないのだ。

しかし、百枝が戻って来ない以上、百枝を捜しに街へ下りようという意見が出る可能性がある。
そのため、花井は西広とどうすべきか視線で話し合う。



「捜しに行った方がいいんじゃねぇか?」



阿部と顔を見合わせていた巣山が、戸惑いがちに提案した。
その発言に同意を示したのは田島と阿部だ。



「もしかしたら、どっかで怪我してんのかもしんないし」

「2グループに分かれて行けば大丈夫だろ」



二人の発言も相俟って、他の部員達の意志も街へと傾いていくのが花井には手に取るようにわかった。
花井はチラッと西広を見ると、西広は一度だけ大きく頷いた。花井は頷き返すと、すっかり街へ向かう気満々の部員たちに待ったをかけた。



「街に行くのはダメだ」



いつにもなく厳しい表情の花井に部員たちは驚いたように花井の顔を見た。



「昨日、屋上で街を見たんだ。街は火事で今は近付けない状態だ」

「…でも、もう収まってるんじゃない?」



花井の言葉に誰もが不安に顔を歪めた。
栄口は微かな希望に縋り付くように花井を見たが、花井は暗い表情で首を横に振った。



「そんなに小さな火事じゃない。まだ街は燃えてるし、消防も機能してないみたいだ」

「………」



初めて聞いた街の現状に誰もが口を閉じた。

















「…浜田?」



ガタガタと風に揺れる窓の音以外、静かな空間で泉が訝しげな声を上げた。
泉の声につられて視線をベッドに横たわる浜田に向ける。

栄口はその光景にあれ?と思った。
何故なら、浜田は先程までは上半身を起こしていたはずだからだ。


一体いつの間に横たわったのだろうかと頭の隅で思ったが、浜田を見る泉の焦ったような表情に、そんな考えは一瞬で消え去ってしまった。



「おい、浜田!?」



栄口は慌てて浜田を揺さぶる泉の隣へ向かい、浜田の顔を見ると、真剣な表情になり眉間にシワを寄せた。



「…熱が出たみたいだ」



浜田の顔は赤く、額には大量の汗が滲んでいる。
心なしか呼吸も荒いようだ。

栄口は浜田の額に手を当てると、水谷を呼んだ。



「なに?」

「洗面器に水汲んで来て。あと、沖!」



ザワザワと浜田のベッドに集まる田島と三橋に近付かないよう言い聞かせながら、栄口は指示を出していく。



「昨日、売店で持ってきた道具ん中にタオルあったよね?それ出してくれる?」

「わ、わかった」

「俺も探すの手伝うよ」



栄口の言葉に沖は慌てて昨日持って来た段ボールを開け始めた。沖の慌てように見兼ねた巣山は沖とともに段ボールの中を物色する。



「…傷口も診といた方がいいかもしれねーな」

「そうだね。消毒液と新しい包帯出してくる」



傷による発熱を考えた阿部は西広と話し合い、手当ての準備を始めた。


先程とは一転、慌ただしくなった保健室で泉は目を閉じて苦しげに呼吸する浜田の手をしっかりとにぎりしめた。









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