E×E

□信じるな
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西院川てくのが生まれたのは僕より二か月ほど早かったそうだ。
西院川家との付き合いは姉さんが幼稚園児だった頃から続くものだと言うから、西院川てくのと僕が引き合わされたのも偶然でも運命でもない当然の当然だろう。
僕が憶えている西院川てくのはこの世界での先輩(たった二か月ではあるが)とはとても思えなかった。強いて言わずとも西院川てくのが僕の後をついて来ていた、という方が適当だ。体も僕よりずっと小さかったし、それは十歳になった今でも変わりはない。どこで追い抜いてしまったのか、答えは僕の頭の中には存在せず、それは西院川てくのも同様だろう。
平均的な大きさの手を広げ、天井に翳す。完全に目が覚めてしまった。時計は見えないが、肩の凝り具合から一時間は経っていないと結論、痛む体を起こす。ノートも色鉛筆もグラスの下に出来た水たまりもそのまま、本棚や箪笥の位置も変化なし。
欠伸をかみ殺しながら部屋を見回し、観察を終え視線を床に落とす。
そしてそこで停止。
理由は後で見つかった。
僕は思わず苦笑する。
「お帰り、てくの」

ベッドに微かな気配。それは僕の声にゆっくりと身じろぎすると、熊みたくのそのそした動きでこちらを振り向いた。
丸三年は切っていない長い長い髪の毛がばさりと広がる。大きな目は眠そうに揺らぎながらこちらにどこか焦点の合わない視線を向けていた。
「遅かったね」
僕は立ち上がり、開きっぱなしの扉を閉じて絨毯を直す。その一連の動作を西院川てくのは特に感動もなく見つめていた。時折かくんと首を落とす以外には動きもない。目も虚ろ。明らかに、舟を漕いでいる。
「疲れた?」
かくん。
「眠い?」
かくん。
「じゃ、おやすみ」
糸が切れた人形、なんて月並みな喩え以外に言葉が見つからないけれど。
とにかく西院川てくのはぱたんと体を倒すと同時に穏やかな寝息を立て始めた。
ひらひらのいっぱいついた袖から小さく覗く指はシーツを強く掴んでいる。その寝顔は安らかと言うより油断がないように見えた。



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