長編小説

□タイトル未定
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突然俺の家にやって来た、桐の箱。


家族の誰も触れないそれを持ち上げて現れたのは、真っ白な顔に漆黒のおかっぱ頭の、人形だった。





――――――





「―――珍しい御所人形ですね」




そう言いながら人形を覗き込むのは、神経質に眼鏡を押し上げる柳生。


入院中の幸村の見舞いの帰り、柳生に人形の話をすると、彼は興味深そうに家にやって来た。


床の間にこじんまりと置かれた人形は、400年前に作られたものだとは思えないほど、妙に生々しい生気に満ちていた。


一見してみれば小さな無害な美しい人形だが、俺は何故かその美しさこそに、気味悪さを感じるのだった。




「目を閉じている人形など、初めて拝領しました」
「日本の人形は、みな目を閉じている様にしか見えんが」
「まあそうですが、“閉じている様に見える”では無く、“閉じている”とはっきり解る人形を見たことはありますか?」
「……いや」
「でしょう、真田くん。この方は明らかに目を閉じている」




しげしげと人形を見つめながら、柳生は落ちてもいない眼鏡を再び押し上げた。




「……柳生、御所人形とは?」




柳生は、人形が纏っている紅重ねの色鮮やかな衣服を見つめながら言った。




「京の御所に献上された人形の事です。つまり上等」
「だろうな」
「品のある顔立ちといい、これは絹でしょうね」




そう言いながら柳生は、人形の衣服を視線で示した。




「こんなに素晴らしい人形、どうしたのですか?」
「遠縁の親戚から譲り受けたらしい。家族の誰も触れたがらないものだから、俺が開けたんだ」
「由緒ある家柄なのでしょうね」
「ああ。その様だ」




秋の真っ赤な日が暮れる頃、柳生は丁寧に礼を言って帰って言った。


家族が出払っている今、家に居るのは俺だけの筈なのに、妙な緊張感が漂っているのは何故だろう。


その理由を探せば、それはすぐに見つかった。


閉じている筈の目で、じっとこちらを見ている様な―――




――――――




「お邪魔しま−っす」
「邪魔するぜぃ」




数日後の幸村の見舞いの帰り、柳生がみなに人形の話をしたらしく、興味が湧いたらしい赤也、丸井が柳生も含めてやって来た。


その日は空に厚い雨雲が垂れ込め、とっくに日が暮れている筈の空には月が見えなかった。




「……これっすか?」
「これとか言うなよ赤也…、なんかバチ当たりそうだぜ」




恐る恐る人形を見つめる赤也と丸井を、俺と柳生が後ろから見つめていた。




「…丸井くんの言う事も解るような気がしますね」
「……うむ」




その時突然、赤也と丸井が人形から飛び退いた。




「おい見たか赤也…っ!!」
「ままま丸井先輩も見たんすか!?」




2人して尻餅を付いたまま畳の上を後退り、俺と柳生の影に回った。




「どうしたのですか?」




柳生が訝しげに背後の丸井に尋ねると、丸井は小声で恐る恐る言った。




「……あの人形、目ぇ開いた…」




丸井の言葉に、俺の背後で赤也が激しく頷く。


俺は柳生と目を見合わせ、そっと人形を見つめても、床の間の中央にぽつんと置かれた人形は、目を“閉じている様に見えた”。





――――――




その夜、俺は眠れずにいた。


理由はただひとつ、あの人形だ。


布団に入る前に閉めるのを忘れた襖の隙間から、白い壁を背にして人形の輪郭がぼんやりと見えてしまう。


見なければ済むはずなのに、何故がちらちらと盗み見てしまう。


布団の中から手を伸ばして襖を閉めようにも、どうやっても届かないし、起き上がって閉めるのも、なんだか空恐ろしかった。


たかが小さく無力な人形に、何故こんなに――皇帝と呼ばれる俺が――恐れを抱かなくてはならないのか。


妙な動機が止まらない。冷や汗も止まらない。暑いから羽布団を蹴り上げたいのに、それさえにも躊躇する。



―――こっちを、見ている…



じっと人形を見つめてしまった瞬間、俺は『しまった』と思った。


人形が、ぐらりと揺れた。
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