短編小説
□妥協案
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これでいいよと、あなたが言うから。
それでいいかと、自分を騙した。
―――妥協案―――
私は仁王くんが好きです。
誰よりも好きです。
仲間の誰よりも仁王くんを理解している自信がありますし、彼の事をもっと知りたいと思う気持ちも群を抜いているでしょう。
彼の事は、全て知りたい。
しかし私にも、『知りたいけれど知りたくない』と云う優柔不断な欲求があります。
それを知ってしまうと、自分の敗北を認めてしまいそうで―――認めざるを得なくなりそうで。
かと言ってこの欲求は、放っておくには剰りにも魅力的過ぎました。
私は自ら、敵の罠にはまっていった愚か者に、自らの脚で成り下がろうとしているのです。
それを止めて下さる方は、誰もいません。
「仁王くん」
「お−柳生。なんね?」
「今週末、どこか遊びに行きませんか」
「……あ−、」
彼は優しいので、例え予定があっても、どうにかやりくりしようとしてくれます。
しかし彼がそうする時には必ずと言っていい程、その日は先約があるのです。
私も馬鹿ではありません。何度も繰り返した事は学習します。
しかし、そうと解っていながら懲りずに何度も繰り返す私は、馬鹿なのでしょうか。
「……わりい」
「いえいいんです。こちらこそ何度も申し訳ありません」
「……また誘ってな」
「ええ」
そんなやり取りも、これで何度目になるでしょう。
だからでしょうか、私は断られる事に慣れてしまった様です。
彼が断ると解っていながら、私は同じ質問を繰り返します。
いつしかそれは、仁王くんに想いを告げ、それを毎回断られると云うシュミレーションと化していたのかもしれません。
「どこかへお出掛けされるんですか?」
「…ん−、柳と適当に」
「楽しんで来て下さいね」
仁王くんは知っているのです。
私が仁王くんを好きで、彼がお付き合いしている方が柳くんだと私が知っていると云う事を。
にも関わらず仁王くんは、私を疎ましく思う所か、どこか憐れんだ目で私を見ます。
彼がそんな目で私を見る度に、私は思うのです。彼が何かを訴えている様に思うのです。
―――このままでいいじゃなか、俺とお前さんはトモダチんままで
そんな妥協案を。
私は、前か後ろか、どちらかに進まなければならないと思っていました。
しかし、“そのまま”と云う選択肢があった事に、仁王くんのお陰で気付く事が出来ました。
どこにも進まない、進めない。
楽しくも無ければ、悲しくもありません。きっとこれが最善でしょう。
ありがとうございます、仁王くん。やはり私はあなたが好きです。
あなたは私が、悲しまなくて済む様な道を示唆してくれたのですね。
―――しかし私は、馬鹿ではありません。
例え私が前に進んだとしても、あなたはそれ以上あなたの方へ私を進ませてくれないと、暗に伝えていたのです。
私が当たって砕ける事は、最初から明白だったのですね。
それでも、当たって砕けてしまえば、少しは楽になれたかもしれないのに。
仁王くん、あなたは優しい。
私を傷付けまいと、気を使って下さる。
しかし、その優しさが本当のものなのかは。
私は知りたくありません。
これでいいよとあなたが言うから。
それでいいかと、自分を騙した。
自らを騙し抜いて、騙し抜けてこそ、あなたへの愛が確かなものになると信じて。