短編小説

□ループ
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知りたくなくても、知らない方がよくても。


知ってしまったら忘れればいい。


そう思いたくなる記憶程、忘れたくても忘れられないものだと知っているのに。





――――――





『蓮二、お前が好きだ』
『私は仁王君が好きです』
『仁王と付き合っている事は知ってる』
『柳君と付き合っている事は承知の上です』
『だが俺は、』
『ですが私は、』




「……もう秋じゃのう」
「……そうだな」




夏休みが明けて2学期に入った最初の週末。


昼間は残暑が厳しかったが、夕方は涼しい秋風が吹く様になっていた。


あんなにうるさかった蝉の鳴き声もすっかり聞こえなくなり、僅かに耳が疼く。




「そういや昨日はどうしたん?」
「―――ああ、弦一郎の家に」
「そ」




短くそう答えた仁王は、横目で柳を盗み見た。開け放した窓から入る風が、柳の髪を撫でていく。


仁王がじっとそれを見ていると、不意に目が合う。




「……なんだ?」
「別に」




素っ気ない返答に柳は少し肩をすくめ、関心無さそうにそっぽを向いてしまった仁王の背中に問い掛けた。




「仁王こそ、昨日はどこに」




無意識に問い詰める様な口調になってしまい、柳は妙な焦りを覚えて仁王の横顔を見た。


しかし仁王はいつも通り、どこか不機嫌そうな表情のままだった。




「柳生んとこ」
「……そうか」




それから暫く沈黙が流れた。


柳も仁王も、悟りはいいし言わずとも相手の事を読み取る事においてはずば抜けて長けている。


だから2人とも、今考えている事は同じだろう。既にお互いに対してそう思っている。


あとは、どちらが先に口を開くか。




「「なあ、」」




2人口を揃えてそう切り出す。


顔を見合わせて、苦笑を浮かべる。




「……似たもん同士やな」




どこか悲しそうにそう言う仁王を、柳は同感だという意味を込めて笑う。




「―――気付いとう?」
「勿論。無論お前もだろう?」
「うん」




あ−あ、と仁王は天井に伸び上がる。それを見て柳は呆れる様に溜め息を吐いた。




「随分前からだったな」
「そうな」
「随分前から気付いていたろう?」
「うん」




裏ではお互いに別の男と付き合っている事を。


お互い隠そうと思っていた訳では無い。2人共同じ事をしている事がすぐに解ったから。


だから試してみようと思った。


どちらが先に、けじめをつけようとするのか。


しかしそれは同時に、相手が終わりにするまでこの関係は終わらない事を示していた。


相手が自分と同じ事を試している事も知っていた。


―――だから、永遠に終わらない。


お互いに、甘んじていただけ。




「―――この場合はどっちが先かね」
「……同着だ」
「……そうな」




答えが出るのが怖い。
終わりにするのが怖い。
それを相手に悟られるのが、一番怖い。




「ど−しよっかのう」




おどけた様に笑う仁王の、清々しささえ感じる表情に、柳は何故か安心していた。


仁王もまた、安心した様に微笑む柳の表情に安堵していた。




「「忘れよう」」




忘れられないと解っていても。




「やっぱ俺お前さん好いとうから」
「お前といると心地良いから」




だから永遠に、終わらない。

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