短編小説
□彼岸花
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懐かしい通学路の脇の、真っ赤な彼岸花は。
あの日と、同じ。
―――彼岸花―――
「真田!こっちこっち!」
15年前と何も変わらない、まるでこれから試合に行く為の待ち合わせの様に。
懐かしい顔触れが親しげに手を振るその背後の母校のテニスコ−トのフェンスだけが、過ぎた年月を物語る様に錆び付いていた。
「真田あ、お前さん変わらんのう」
15年前の銀の尻尾は無く、肩辺りまで伸びた銀髪を靡かせて、仁王もまた昔のままの笑顔で言った。
見回す顔触れは、濃すぎる程の青春を共にした仲間。
このテニスコ−トの中で、同じ目標を追い求めていた同志。
“仲間”、“同志”
そして彼は、
「…蓮二」
彼だけは、俺に向かって手を振る事も無く、ただテニスコ−トを眺めているばかりだった。
蒸し暑さの残った昼間とは違い、ひんやりした秋風が彼の髪を揺らしていた。
「…久し振りだな、弦一郎」
彼はこちらに目を向けず、憂いを隠したような笑みを繕った。
酒の席へと向かう俺達一向は、懐かしい通学路の脇を歩いていた。
沈み掛けた夕日が、微かに梢の頭から漏れて見える。
尽きない思い出話を語り合う旧友を前方に眺めつつ、いつしか俺と彼は並んで歩いていた。
「…すっかり涼しくなったな」
「ああ」
虫の鳴き声が草むらから微かに聞こえ、俺は隣で歩く蓮二の横顔を盗み見た。
昔から大人びた顔形の彼の、実際に年齢を重ねた姿は、やけに憂いを帯びて見えた。
綺麗な横顔に魅入っていると、不意に彼がこちらを振り向いた。
「…なんだ」
無頓着な彼の問に、思わず苦笑いをしてしまう。それを彼が訝しげに眉を寄せた。
「…覚えてるか」
「何を」
「15年前、こうやって並んで歩きながらした約束」
「…約束」
「ああ」
―――重いテニスバッグを担いで
少し汗ばんだ額を掠めて秋風が吹く
『誓うか』
『無論だ、蓮二』
約束を切り出したのは彼だった
「覚えているか」
同じ質問を繰り返す。
蓮二は無表情のままこう言った。
「…覚えている」
そして、こう続けた。
『俺を好きでいてくれ。弦一郎』
俺も、お前を好きでいるから
「守れなかった」
ぽつりとそう呟く彼の言葉に、俺は予想した通りの答えに苦笑した。
あの約束をした次の日から、通学路に真っ赤な彼岸花が咲いた。
そしてその日、
煌びやかな銀髪の彼が、まるで秋風の様に。
蓮二を俺から浚っていった。
「―――知っていた」
苦笑したままそう言う俺を、彼は細く目を開いてこちらを見つめた。
「…そうか…」
「お−い真田あ、柳!早くせえ!」
前方で俺達を振り返る仲間達の、昔のままの笑顔が。
「行こう、蓮二」
ぎこちなく微笑む彼の表情も。
「…ああ」
あの日と、同じに
真っ赤な彼岸花が、暮れ掛けた夕日に、より紅く。
―――もう、滲んだりしない。
彼岸花
―――悲しい思い出、再会