短編小説

□毒芹(どくぜり)
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愛情の限界は、何処か。





―――毒芹(どくぜり)―――





「暑いのう」
「ああ」
「夏休み、どっか行くん」
「毎日部活だろう」
「毎日会えるのう」
「…気が重い」



放課後の教室で、俺と仁王は二人きり。俺は夏休みの課題に勤しんでいるが、彼は俺の前の席の椅子に逆向きに座って、気だるげに頬杖をついている。



「気い重いとか、酷いのう」



わざとらしい拗ねた声色にはもう慣れた。俺は顔を上げる事なく、ひたすら方程式を解き続ける。

それをちらりと見た彼が、小さく苦笑するのが視界の端に映った。



「相変わらずじゃ、うちの参謀は」
「余計なお世話だ」



そして今度は、ずいとこちらに顔を近付けて。



「そんな柳も好いとうよ」
「物好きだ」
「なん、柳の為なら死んでもよかよ」



彼の言葉は聞き流して、さっさと課題を進めようと思っていたのに、聞き流すには重い単語が耳に入って、思わず顔を上げた。



「…何言ってる」
「柳の為なら、死ねる」



にっこりと、いつものタチの悪いものとは全く違う優しい笑みに、俺は押し黙る。

彼が俺の為に死ねると言う。

俺は自分の為に、彼の死を認められるのだろうか。


―――そんな事、



「迷惑だ」



僅かだが、彼の表情が曇った。



「…迷惑」
「そうだ。何故俺は自分の為にお前を死なせなくてはいけないんだ」



考えを巡らす様な彼の表情。ペテン師にしては間の抜けた顔に、物珍しさを感じる。



「…やな、」
「俺はそんな事、出来ない」



誰もいない放課後の教室に、俺がシャ−ペンを走らせる音だけが響く。

視界の端の方に見える彼は、頬杖をついたまま動かない。



「…柳、俺の事好いちょるのか」
「何を今更」
「そげな事、初めて言われた」
「そうか」



最後の設問の答を書いた時、それを見計らった様に、向かい側から手が延びてきた。

それは俺の頬を掠めて、愛しげに撫でる。



「…なんだ」



只、この上なく優しく微笑みながら、俺の頬を撫でる。

その指先は、彼には珍しく、ほんのりと暖かい。



「…愛しとう、蓮二」
「何を今更」





日が暮れる。

隣を歩く、楽しげに揺れる彼の銀色の尻尾を見つめながら。



あなたの為になら死ねる、なんて。

遺される側としては、そんな事されたくないけれど。


―――でも、そのくらい。



『愛しとう、蓮二』







毒芹
―――死も惜しまず

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