短編小説

□月光狂い
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「柳は硝子細工みたいに綺麗やのう」
「それを壊したのはお前のくせに、何を言う」





―――月光狂い―――





彼の家で見た、ガラスのケ−スに恭しく守られた繊細な船の硝子細工。

触れたら瞬間に折れるであろう糸の様な硝子は、その時に初めて見た。

その繊細で儚げな姿は、思いもよらぬ存在感を持って俺の記憶に留まった。

あのガラスのケ−スを取っ払い、透けた船を両腕に抱き、そのまま抱き締めて壊してしまいたい。

きっと綺麗な音で鳴いて、最期まできらきら輝きながら零れ落ちるんだろう。





「お前のその髪の色、」



遅くなった部活の帰り、満月が明るい夜、俺は彼の家に寄り道していた。

人工的な照明は嫌いだと、彼は言ったから、俺もこの風流な雰囲気に浸っている。

障子の向こうから差し込んでくる月明かりだけで照らされた部屋は、この時期には珍しい程肌寒かった。



「俺の髪が、なん」
「月光に透けて、綺麗だ」



くつろいだ様子の彼は、制服のネクタイとシャツを緩め、なんとも不用心な格好で俺を見つめていた。

俺はそれを横目で見ながら、綺麗と形容された自分の髪を指で梳く。



「自分ではよく、わからんがのう」
「銀色に透けて見える」
「…そんなに綺麗か」
「ああ」



まるで愛しい恋人にでも向ける様な彼の眼差しは、俺にではなく俺の髪に注がれている。

でも、そんな不本意な事実に顔をしかめる前に、彼のはだけた胸元から覗く白い肌の方に、思わず目が行く。



「…柳、白いのう」
「何が」
「肌」
「お前も白いぞ」



ふふふ、と口元に手を当てて微笑む彼の睫が、月明かりに照らされてその白い肌の上で浮き出て見えた。

まるで、それがあの糸の様な硝子細工に見えて。



「柳は硝子細工みたいに綺麗やのう」



呟く様に、そう零した。

彼は、優美な微笑みを崩さぬまま、畳の上を滑る様にして俺に近付いてきた。

そして睫を持ち上げて、薄く開いた切れ長の眼で、俺を見つめる。



「それを壊したのはお前のくせに、何を言う」



楽しそうに口角を吊り上げながら、俺の髪をするりと解く。

ゆっくり近付いて来たかと思うと、彼は解いた俺の髪に唇を押し付けた。

僅かに開いていた障子の隙間から、ひんやりした風が吹き込み、俺達の髪を揺らしていく。

ゆっくりと、畳の上に、繊細な硝子細工を横たえた。



「…粉々にしてええか」



眼下に見る彼は、



「修復不可能な程に」



どこまでも妖艶に。



「好いとうよ、蓮二」



―――さあ、



綺麗な音で鳴いて、

きらきら輝きながら零れ落ちてゆけ。

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