短編小説
□狂言と嬌言
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欲しくない訳じゃない。かと言って喉から手が出るほど欲しい訳でもない。
詰まるところ。
お前が俺を欲しがってくれたら、俺をやってもいい。
―――狂言と嬌言―――
「参謀、少しいいかの」
練習後、いつもの様にペテン師から呼び出しを受ける。
昨日も一昨日も、その前も。彼は俺をわざわざ呼び出し、他の部員の前で彼と2人きりになる事を了承する俺の反応を楽しむ様に。
最初はなんだか気恥ずかしかったものも、それが日常化する事によって、部員も俺も慣れてきた。
つまりその呼び出しの理由は、きっと何時からか変わっていたのだと思う。
「ああ」
そう返事して彼と部室を後にした俺達を、他の部員はどう思っているのだろうか。
―――そんな事、知りたくもない。
「今日は何だ」
揺れる銀の髪について来て行き着いたのは、テニスコ−トのフェンスの裏。
ここからは、部室の窓がよく見えた。中でうろちょろする真っ赤な髪さえよく見えた。
「今日は随分と目立つ場所だな」
皮肉を織り交ぜてそう言うと、彼はにやりと笑って。
フェンスを背にした俺ににじり寄ってきた。
「好きじゃ、参謀」
「聞き飽きた」
そう、いつもはここ止まり。
好きだ、彼はそう言って部室へ戻っていく。一番最初にそう言われてから、ほぼ毎日、同じ事の繰り返し。
それ以上にも、それ以下にも、進展も後退もしないこの関係に、俺は飽き飽きしていたのかもしれない。
「もう何度目だ、その台詞」
「わからんな。でも、」
俺がお前さんを好きでいる事が、当たり前になっていてくれたら。
「…聞き飽きたと、言っただろう」
既に間近で見上げられていては、上手く言葉が紡げない。
「返事を聞かせてくんしゃい、参謀」
彼の吐息が唇に触れる。くすぐったい様な、それでいて扇情的な瞳の色に翻弄される。
―――奴はペテン師。
これは“狂言”かもしれないのに。
「…欲しいなら、取れ」
薄く開いた瞼の間から間近に見る彼の表情は、随分と嬉しそうに。
「―――欲しい」
かしゃん、とフェンスに指を掛けて、乱暴に触れた唇は―――
欲しくない訳じゃない。かと言って喉から手が出るほど欲しい訳でもない。
詰まるところ。
お前が俺を欲しがってくれたら、俺をやってもいい。
―――そんな俺の冷ややかな感情を溶かすほどに熱く。
「…っん、」
思わず“嬌言”を零した。
ゆるりと瞼を持ち上げれば、薄く開いた彼の瞳と目があった。
暫く絡んだ視線を外せぬままでいると、やがて彼の目がゆっくりと下弦に歪む。
「っ、…っ」
しつこく蠢き続ける彼の舌が、少しずつ俺を侵食していく。
もうやめろとも、もう俺はお前のものだとも、言えずに。
(喰われそうだ、)
諦めと共に目を閉じる。
(これが狂言なら、お前は本物のペテン師)
―――そう、もし狂言なら。
『好きじゃ、参謀』
今更これが芝居と言われても、俺は後戻り出来ない。