短編小説

□海棠の睡り
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「それは自惚れか」
「ああ、勿論」
「俺がそう感じる確率は」





―――海棠の睡り―――





「眠ってなんか、いないくせに」



背中から聞こえたのは、真夜中の静けさに、耳元で反芻する蓮二の声。

それは、蓮二が隣に居ることを証明する、ただ一つの証拠。

何故なら俺達は、体温を感じる程も近くに居ないから、ただ声だけが。

たった今のお前が存在する証。



「…眠れるか」



沈黙の中でお前の存在を確かめる事が、情けない程恐ろしくて。

寝返りを打つ事にも躊躇した。

その挙げ句。

お前の存在を確かめようと、しっかり目を開けて、耳を澄ませていたのだから。


「眠れない、何故」



その声が聞けただけで、俺がどんなに安堵した事か。

蓮二、お前はそれを知っても、いつものように微笑むだけなのだろうが。



「お前が居ない気がしたからだ」
「同じ布団に居るのにか」
「それでも、居ない気がした」
「可笑しな奴だ」
「蓮二、もっとこちらに来たらどうだ」



お前が今、俺の方に背中を向けているのか、こちらを向いているのか、定かではない。

ただ、お前が今、その口元を綻ばせている事は、声色でわかる。



「そろそろこちらを向いたらどうだ、弦一郎」



可笑しそうな、楽しそうな蓮二の声に、俺は思わず身を捩ったが。

ふいに、再び不安に襲われた。



「…居なかったらどうする」
「俺がか」
「ああ」
「どうした、皇帝と有ろう者が。怖いのか」
「そうだ」



暫しの沈黙のうち、衣擦れの音と共に、背中に感じた確かな温もり。

それから脚に絡みつく、蓮二のそれが、やけに官能的な感触を生み出す。



「これでいいか、弦一郎」



襟足に這う、生暖かい蓮二の吐息。

ああ、ますます眠れない。



「怖くなくなったか」
「ああ」



密着した背中に伝わってくるのは、蓮二の規則正しい鼓動。



「…問題は、明日の朝だがな」
「どういう意味だ」



蓮二が言葉を零す度に、俺をくすぐる吐息は、俺の胸の高鳴りを加速させていく。



「“海棠の睡り未だ足らず”」
「海堂、青学のか」
「いや、花の名だ」
「どういう意味だ」



蓮二は、俺の横顔を真上から見下ろして、



「寝ぼけた美人の艶めかしい姿の事だ」



見上げた蓮二の開かれた瞳が、射抜くように俺を見つめ、妖艶な笑みを浮かべていた。



「それは自惚れか」
「ああ、勿論」
「俺がそう感じる確率は」



近付く唇、触れる前に言葉を紡いで。



「100%」



(生意気な事を)



背中から伝わる蓮二の鼓動は、



(お前こそ、眠れないくせに)



俺よりずっと、早いまま。

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