小説・壱

□甘い痛み
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「っ……」


要は仕事中に突然襲った些細な背中の痛みに顔をしかめる。


あぁ、そうだ。


これは昨日のものだと思い出し、また仕事を再開しようとしたが、同僚の彼方は要の一瞬の変化を見逃さず、要に問い掛ける。



「どうした、要?」



彼方は部下でもあり、友人でもある。
だから要のわずかな変化でもわかってしまうのだろう。


「いや、何でもない…」


要は何事もなかったかのように、万年筆を走らせ、仕事を続ける。


「相変わらず冷たいねぇ。どうせ、昨日弥姫ちゃんに会って激しい夜を過ごしたんだろ?」


要は欝陶しそうに眉を寄せて彼方を睨む。


「おっと…図星かよ?背中の傷は男の勲章ってね」


彼方はにやりと笑って、持ち場へと去ってしまった。




確かに昨日は弥姫の元へ足を運び、彼女を抱いた。


その時は気が付かなかったが、背中の傷も彼女が付けたのだろう。



昨日の情事で、善がりながら自分を求める弥姫を思い出す。




弱々しく自分に回す細い腕、濡れた唇、絹のような髪、快感に堪えながら紡ぐ鈴のような声...




どれをとっても、要を虜にさせる。


どうしようもない程に彼女に溺れている。


要は口元に出を当てて、くすりと笑う。



「(まったく、弥姫には敵わないな…)」



自分を振り回す彼女がなお愛しい…



要は茜色に染まった空を見ながら、今夜も翆月に繰り出そうかと思うのであった。




ーーENDーー
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