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□願は手軽く軽量や良し
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 願いを、
 願いを、
 願いを、



「いるか!後藤!」
 震えた空気はしかし、すぐに起伏を失っていく。
あいつが大和に隠棲していた頃の庵と比べれば、古いとは言え随分マシになったと断言できる家屋。そこにと申し訳程度に据えられた門……とも言えない、腰までしかない木戸を抜けた先にある奔放なまでに伸びきった草むらへ、俺は立っている。むせ返りそうなほどの草いきれは、陽射しの凶悪なまでに突き刺さる昼間ではないからだろうな、さほど満ちてはいない、が、それでも沁み込む青臭さに、虫の絶えず鳴く音が混ざる今の刻限は夜半。
「後藤!」
 木戸の、すぐ脇にある格子窓から零れる明かりは無い。
軽く覗きこもうとも明かりが一片たりともありはしない屋内は黒い色が横たわっているだけで何も見えはせずしかし、確認せねばならない。寝ているのかそれとも、出かけているのかこの二つのどちらかであるかによって、俺がすべきことは大いに変わるのだから。軽く人差し指で眼鏡を押し上げ際にちらと手元を見やる。明かりとなるものを一つも持たずにやってきた俺諸共、空からの光源が暗がりへと浮き出しにするそれ。
「………いないのか?」
 折角持ってきたと言うのに。
 かさり、音、鳴り。
「ごと……」
「うるさい」
 がらり音鳴る。
「ぅううううううう!?」
 頭蓋の中で鈍い打音がわんわんわんわん何だ、何なんだいきなり!
「今何時だと思っている。あれか、とうとう時間すら分からなくなったかご愁傷様だな」
「貴さ……お、俺の非は認めるが、貴様の方も非を認めろ!何当たり前な顔して拳を構えているんだ!」
 おまけに中指が立てられてないか!?
「知るか」
 鈍い痛みとも衝撃とも言える残滓を訴え続ける額へ手の平をあてがい睨みつけた、ついさっきまで閉められていたはずの木戸。正確には俺同様、空からの光源に姿形を薄っすら浮き彫りにされている男ああまったく、いつもあれほど言っているのに髪をばさばさにしたままでこいつは。額の訴える余震に蹲りかけるのを必死に堪え、かさかさと流れる風に擦れるそれを握り直す。
「明らかに暴挙だぞ!ここはもっと、例えうるさかろうとも大人な対応をすべきところじゃないのか!行き成り額を殴りつけてくる奴があるかっ!」
「額を殴られたくなかったら、その的にし易い額を捨ててこい」
「額以前に、殴りつけてくるのを止めろ!へこむ!」
「ああ、そうか。それじゃあおやすみなさい俺は寝る」
 ちょっと待て、どうしてそこで戸に手をかけているお前は!
「待、て…!」
 勢い良く閉じられかけた戸の隙間に手をねじ込み首をねじ込み俺としたことが失念していた、こいつはこういう奴だった。戸が不穏な悲鳴を上げているのは俺の手が原因かそれとも後藤か両方か、どちらにせよ引き下がるわけには行かない。すぐ傍と言うには少々、上にある生気が欠片も見当たらない死んだ双眸を見据えながら戸を抑える手に筋が浮かぶ。
「俺は貴様に額を殴られるために、ここまでわざわざ足を運んだわけではない!」
「二発殴られる為にか?」
「違う!貴様の底辺の底辺にある生活態度を改善させるために秘策を考え付いたんだ!良く聞け」
「いや、良い」
「聞けと言っただろう!」
 戸の隙間から流れ込む明かりは今の今まで黒に塗りつぶされていた家の中さえも、しかと隙間の形に沿った明かりを残し陰影色濃く、後藤の顔がそこにとある。こうまで、空が零す明かりが強いのはかさり揺れるそれを俺はかざした力強く思いっきり。後藤が、剋目出来るように。
「貴様に、七夕をさせに来た!」
 雲無く淀みも無く、純然たる輝きを燦然と振り撒く星の散る今日が何の日であるのか、さしものこの男も分かっている筈だろう。しかし、それでもまったく何かしている痕跡が無いこと自体、こいつがただ淡々とした日々を送っていることの証左。このままでは、一層この気力も何も在りはしない生活が続くことは必定。ならば、
「さぁ、やれ!」
 やらせれば良いだけの話だ!
掲げたかさかさ風に葉を揺らす笹の枝は、細くとも短くとも、俺の庭から取ってきた一品だ。願いを括るのに申し分は無い。こいつにいつまでもこんな無味乾燥極まる生活を続けさせるわけにはいかないしな、そろそろここら辺でどうにか生き生きとした目を出来るような生活に軌道修正をさせなければ後藤の手が、戸から離れた。
「デコ」
「よし、漸くその気になったか。まったく人に手をかけさ、」
 のったりとも言える速さで伸ばされる戸から離れた手は、間違いなくこっちへ向かってきていたのだから当然、笹を掴むものだと思うだろう当たり前の心情だろう。その手が月光星明かり全てを浴び閃く、直前まで。
 閃いた、手、燦然光りを惜しみなく浴びながら。
「せっ、!?」
 そうだ、こいつはこういう奴だったくそ連続で二回目の後悔をするこになるとは俺としたことがぬかっていた。こいつは、こういう奴だ。人に期待をさせその上で、痛い、額が痛い激しく痛むぞ後藤めがこうして、額に危害を加えてくる男だった。まさに不意打ちと呼ぶに相応しい衝撃に手が首が、戸から離れること二、三歩、淀みの無い星の下あいつがしたことは何だったか。
 笹を握る手が、有する爪が手の平へと食い込んだ。
「帰れ」


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