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□ならずの番い願ふこと
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 七夕。
あの伝説を、笑い飛ばせていた幸せ。



 床に寝そべる子供達。小さな手には各々筆を、転がる床へは小さな紙を。
こじんまりとした質素な寺小屋に広がるそんな光景を、壁を存分に使い刳られた窓に腰掛け盛親は眺めていた。じーじーみーんみーん暮れがかろうとも、絶えることを知らない蝉の喚きが、子供の笑い声騒ぎ声にと混ざる寺小屋。
「先生!書けた!」
 そこにと響いた弾けんばかりの声の持ち主は、今までずっと、紙と向かい合っていた少女で小さな手が、精一杯に挙げられている様がある。
「よーし、先生に見せるんだぜ!」
 腰掛ける窓枠からひょいとばかりに、身軽に降り立ち盛親は子供たちの間を縫うように手を上げる少女の元へと向かう。先生僕のも、やら私のも、やらかかる声へ後でねーと軽口零し軽重な足先が、床を叩いた。盛親を見上げ満面に笑う少女の前、床叩き足止めしゃがみこむのは勢い良く。爛々楽しげに輝く目が紙を見下ろせば、にっこりつり上がる口元がその顔に。
「ほほー、何だよー、照れちゃうんだぜー」
「えへへ」
 くしゃり頭を撫でられ、笑う少女にもう一度にっこり笑顔を落としてから、伸ばした手が四角い紙に…短冊に、触れるつまむ眼前へと掲げる。未だ幼い字で、それでも懸命に書かれた跡の見える短冊を瞳孔へと映しながら盛親の笑みは、消えなかった。一度、ほんの微か、瞼がとざされかけたことを除けば浮かべた笑みは揺らいでいない。笑っている少女も、他の子供達も気づきはしないそんなこと、ただ明るい声がまた、響くのだ。
「ずっと、祐夢先生が花達の先生でいてくれますように!」
 無邪気に無邪気に、どこまでも。
 少女は笑い、盛親は笑う。
 もう一度、少女の頭をくしゃりと撫でながら。
「ありがとうなんだぜ」
「あのさ、先生!」
 しゃがみこむ盛親のすぐ傍すれすれ隣、ひょいと顔を覗かせる少年が言った。聞いた。幼い両目を無垢に彩りながら、聞いた。
「先生は、何お願いする?」
 目を、瞬き盛親。
じーじーみーんみーん波のように響く喚きがそれだけが、空気を震わせる全て。



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