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□星よ叶えよ出来るだけ
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 七月七日、この日が何の日であるのか知らない人はいないと思うんだ。
「あらぁ、すごいじゃなぁいこの竹。どっから持ってきたのよ」
「山里曲輪からなんじゃないかな、こんなに立派な竹。もしくは、公家の人達から献上されたものかもしれない」
「ふぅん。ま、それだけ秀頼様の御威光が輝いていらっしゃるってことよねぇ。重畳重畳」
 緑の色どりも見事な青竹を指先で軽くなぞる糺に倣ったわけじゃないけれど、僕の目は瑞々しくさざめく葉を臨むように幹をなぞった。下から、上へ上へこうやって眺めれば眺めるほど、どれだけ立派な竹か良く分かる。大手門の前にどこまでも堂々と聳え立つ青竹を見上げながら、僕は思うんだ。
 何で、こんな時間に引っ張り出されているんだろう、僕って。
「あの、さ、糺。さっき聞きそびれたんだけど、何でこんな時間に……」
「あぁ、そうねぇ。さっさとやっちゃいましょ」
「そうじゃなくって!何でこんな時間に、こんなこと!」
 本来なら梯子を使った方が良い位置にある笹を、軽い背伸びで掴んだ糺の手中でかさかさ音立て擦れる暗がりであろうとも何であるのか判別のつくそれを、どうして、何でこんな時間に。細長く切ったかさり揺れるものとまったく同じもの、つまるところ短冊なんて代物を、糺が懐から取り出した瞬間にその疑問はもっともっと強くなる。
「昼間、皆さんと一緒にやれば良かったのに……」
「いやーよ、そんなことしちゃったら、読まれちゃうかもしれないじゃなぁい?」
「読まれて困ることとか、別に書いてないでしょ」
「あのねぇ重成」
 かさかさかさかさ絶え間なく、擦れる音は笹の葉か短冊か。
とにかく短冊を括り付けながらの糺の目が僕を映すことなく、ただ呆れを纏った声だけが落ちてくるんだ。きっと多分、呆れとどうしようもなさが顔中に出てる僕目がけ。
「乙女には、見られなく秘密ってのがあるのよぉ。困る困らないの問題じゃなぁいの」
「……分からないよ、それ」
「まだまだ、重成はお子ちゃまってことよ。あら、」
 呆れを込めたかぶりを小さく振ろうとする僕の頭に今度落ちてきた言葉は短く、あ、だなんて。何だろう時々糺って無駄に色んなものに興味示したがるからまた、そういうものを見つけたのかも…、
「これって重成の短冊じゃない」
「え?」
「んー、何何ぃ?」
 ちょっと、乙女には見られたくない秘密があるっていや、僕は別に乙女ってわけじゃないけど、でもだけど!
「ま、糺!」
「読まれて困ることは、別に書いてないんでしょぉ?ふっふーん、お姉さんがじっくりねっとり読んであげるわよ」
「嫌だよ!ちょっと、止めてよ糺!」
 糺が手にしている短冊の色が、星の明かりで例え今が夜も深い頃であってももはっきり伺えてそうだよ、僕が使ったのはあの色の短冊だよ。にんまりに彩られる糺の口が、楽しげにひらかれた。
「より一層、秀頼様のお役に立てますように」
 ………ああああああ。
「………・………普通ね」
「……読んでおいて、それはないよ……」
「だって、あんなに嫌がるんだから、すっごぉく面白いことが書いてあるんじゃなぁい?って、普通期待しちゃうわよ。ま、叶うと良いわね、叶うと」
「そんなおざなりに言わないでよ!」
 ああもう、鼻歌でも歌いだしそうなご機嫌っぷりの糺の指が、僕の短冊を解放する姿をしっかりと確認しておく。あの態度はちょっといただけないけど、取り敢えず喉元過ぎればなんとやらって言うし、糺の用事も終わったのならはやいところ帰らないといけない。いつまでも、秀頼様のお傍から離れていることを、僕は僕に対して許さない。
「ほら、もう帰ろうよ。糺だって、正栄尼さんが心配するよ」
「アタシは、母様と同じ屋敷に暮らしてないわよ。知ってるでしょぉ、重成。そもそも、この歳で心配も何も無いわよ」
「それは、……そう、だけど。でも、早く帰るに越したことは無いんだからって糺!」
 隣でまた背伸びしてる糺の、ひらひらした飾りが無駄についてる小袖の裾を引っ張った。
今度は何、何なんだよ糺、引っ張っても引っ張っても僕の力じゃ小袖の持ち主を引っ張り下ろすことは出来なくて何を糺が手にしてるのか見なくてもわかってしまうんだ。この流れでまた糺が反応をしめすんだから、……うん。僕に続いてしまう犠牲者は一体誰なんだろう、誰であれごめんなさい全ては僕の力不足でした。
 かさり音が、零れて。
「んー、これは……永翁の奴、ね」


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