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□遊ぶ子らよ
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 とてつもなく不器用極まる女の子が、その不器用極まる手に化粧筆をしっかり握る奥御殿の一室。
何だかまるで、刀やら槍やら薙刀でも構えてるみたいに真剣そのものな顔しちゃってさぁ、まったく、
「辰之助、動くな!」
 豪ったら。
平穏に過ぎるんじゃないかなって、小さく欠伸しながら思うくらい昼間の日差しがゆったり流れ込む、そんな座敷でワシは両膝を抱えてた頬を膝のてっぺんに預けてた。ぼんやり眺める豪と、さっきからずっと拘束されっぱなしの辰くんと。ちょっとだけ、歩幅十歩分くらいの距離をとって。
「豪も懲りないよねぇ」
 ワシの隣に黙々正座する、ひたすらに脇目も振らず兵法書なんて小難しいもの読んじゃってる於義へ呟いてみた。
両目の中には相変わらず、豪と、真っ赤な女の子用の綺麗な小袖着せられた辰くん。最初は豪に構ってもらえるなんて羨ましいなぁとか代わりなよ辰くんめとか思ってたけどここ近頃、ずーっと豪の着せ替え人形兼物凄い化粧の犠牲になってる辰くん見てたらそんな気持ちもすっかり消え失せちゃったわけでー。今はぼんやり、傍観者の一人を決め込んでるわけで。
「僕は詳しい事情を知らない。故に何も言えない」
「あー、そういえばあの時於義ってば、本丸にいなかったんだっけー?」
「いなくて良かったと思う。心底から」
「ずるいよぉ、於義も女装させられてれば良かったのにさぁ。ま、あの辰くんを見れたのは役得だったけどー」
 あの辰くんは凄かった何が凄いって、凄かった。ねねの母さんが暫く笑いっぱなしで、あのまま呼吸出来なくなるんじゃないかって心配になるくらい凄かった。ちょっと前のここと同じ大坂城本丸で、辰くんが女の子みたいに言われるのが嫌だって思えるようにさせてみた女装、そうしたらうーん何でかどうしてか、ワシまでやらされる羽目になっちゃってねぇ。急に発奮しだした豪が、化粧筆をこほから受け取ってそうしてそれから出来上がった結果は、ねねの母さんが大爆笑。
 うん、……全部、あれからだ。
「本当、負けず嫌いなんだからぁ」
「負けず嫌いではない豪は、最早豪ではない」
「あっはー、それもそかぁ」
「おい!そこで何を話しているのだお前ら!」
 ありゃ、怒られちゃった。
何だか、もう色々諦めちゃってる気配がぷんぷん漂ってる辰くんを前に、相も変わらず化粧筆をびしっと構えちゃってる豪のきつくつり上がった双眸あー…ばっちり、ワシら映りこんじゃってるねぇ。いつもは嬉しいそのことも、ちょっと今ばっかりは事情が変わってくるってものでさ。
 にっこり、どうにか引き攣らずに笑わなくちゃ、ワシ!頑張れワシ!
「談笑している暇があるのなら、拙の腕前をしかと見るが良い!」
「……姉上、辰……辰、いまどうなってるの…?」
 小刻みに震えちゃってるか細い声を頼りない喉から零す辰くんの後姿だけを見ちゃえば、んー、元々色白だし華奢だし真っ赤な着物着てるし女の子に見えないことも無いんだけどー……問題は、ねぇ?ワシの目くばせ、ああひどいよ於義、何で受け取ってくれないのさぁ。
 冷たい於義と可哀そうなワシのやりとりなんてまったく知らない豪が、辰くんの細い両肩をがっちり掴んで何だろうあの自信に満ち溢れた笑顔、逆に、ね、あのね豪。不安になっちゃうんだなぁ、ワシ。
「拙の弟に相応しい雄々しさと美しさの共存だろうっ!」
 ………あー、うん。
ぐるんとばかりにワシ等の方へ振り向かされた辰くんの顔目一杯を彩る紅の赤赤赤赤赤あと白粉の白眉墨の黒黒黒黒これは、ある意味ある意味ね、確かにね、すっごい共存だとワシも思うよ豪だけど忘れないで欲しいんだぁある意味って、ことを。うなだれかける首を必死に叱咤し、ワシ、読んでた兵法書がばっさりとじちゃってる於義の顔を一瞥する勇気も無くってむしろ、豪曰く雄々しさと美しさの共存しちゃってる辰くんの顔を凝視し続けるのに勇気を使い果たしちゃって、いっつも無表情装ってる於義がどんな顔しちゃってるのか確認するほどの残量がワシの中に残ってないってわけでー。
 肺を一杯に、膨らませた。
「うん!すごいよ豪!でもねすごすぎてワシから言えることはもう何も無いからさ!後は於義から色々聞いちゃうのが良いと思う!」
「………理由の理解が不可……理不尽…」
「ほらほら、於義!出番だよー!」
 思いっきり、於義の背中を叩いて押し出すワシにはもう本当、出来ることも言えることもないし!あとは任せたよ於義、うまいことそううまいこと……ここで応援にワシが徹せられるようにしてくれれば良かったのになぁ。
「八郎も、来る」
「ええええええ」
「えええええとは何だ、八郎!」
 どんなに力を込めたって、振り払えそうにない力でワシの手首掴んだ於義が大きな歩幅で前に行く度そりゃぁもう当然、手首掴まれちゃってるワシもまた、引きずられてるの同然に近づいちゃうしー。いやぁもうこれ、近づく豪に両肩を完全に抑え込まれちゃってる辰くんの顔へ施された呪詛……じゃぁなくて、化粧?眉毛がばっちり権太になるよう眉墨引いて、頬は真っ赤っか口も真っ赤っお肌はお白いでばっちり純白豪なりの、雄々しさと、美しさの共存表現が無抵抗に待ち受けちゃっていた。
 ………最初よりは、確かにマシにはなってるんだけどねー。
「見ろ、この頬の純朴さを追求した赤さ!うら若き少女を連想させはしなか!?」
 そんな、目をきらきらさせちゃわないでよ豪ー、ワシますます何も言えなくなっちゃうってー。折角豪が目きらきらさせてるのに、それを裏切るようなことは言えないというかぁ何というかー頭へぽんっと浮かぶ提案一つ。うん、やっぱりここはそうだよねー。手首掴まれたまま指先で少しだけ、掴んでくる於義の手を突いた。
 於義、任せた!
「………理不尽」


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