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□ならずの番い願ふこと
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 じーじーみーんみーんしゅわしゅわしゅわ。
 蝉の喚き、折り重なり響くは過去のよう。





 何で、夕方になっても蝉って鳴いてるんだろうなぁうるさいなぁ。
「なーなー弥次兵衛」
 うるさいから暑いから、空がほら、もう黄色とか桃色とかさそんな色に端っこから飲まれてってる時間だっていうのに暑いからうるさいから、オレはちょっと気を紛らわそうとしたんだ。足ぶらぶらさせてるオレの斜め後ろ、ずーっとオレと一緒、屋敷の濡れ縁にお堅くずーっと正座で座ってる弥次兵衛に、思いついた話をすることで、ちょっとだけでもさ。
「如何用に御座いましょう」
「彦星と織姫の伝説って知ってる?」
 両手を尻の後ろについて体重を預けたら、斜め後ろに正座してる弥次兵衛が良く見える。ちらっとだけ、斜めに傾いて眺めてみたんだけどさっすが弥次兵衛だ……むっつり顔が、変わってないんだぜ。むっつりがっちり口を引き締めちゃって眉間に皺寄せちゃって、彦星と織姫の伝説話するときの顔じゃないなー。
「……あの、不埒な話に御座いますか」
「あはは、何なんだぜ、弥次兵衛。不埒って」
 何をどうしたらあの伝説が不埒な話、に、
「不埒に御座いましょう!」
 なるんだよって、言いたかったけど、ここまで弥次兵衛に睨まれちゃったらオレはちょっと、首竦めるしかない。うー、さっぱり何だぜ弥次兵衛。ずっと膝の上で緩く握ってた拳まで、ぎゅーっと強く握っちゃって彦星と織姫の伝説ってそこまで不埒な話だったっけなぁ、単に恋人が年に一度逢えるっていうだけの話じゃなったっけ。もしかして、ほんとーにもしかして、オレが知らなくて弥次兵衛は知ってる別仕様ってのもあるかもだけどさ。
 弥次兵衛のぎゅーっと握られた拳は、血管とか筋とか浮いちゃうぐらい。
「己の失態が原因で逢えなくなった男女など、自業自得。そのような二人に、例え一年に一度とはいえ、逢う機会を与えてやるなど……某、納得出来ませぬ」
 ああ、そういうこと。
 くつっと喉がちょっと鳴る。
「面白いなぁ、そんな風に考えるの弥次兵衛くらいかもよ」
「そんな風になど……例えば、二人の努力次第で考慮するなど如何様にもやりようはありましょう。何故、織姫が思い煩い弱っただけで、一年に一度だろうと逢わせてやるなど、天帝は娘に甘過ぎるのではないでしょうか」
「毎年、弥次兵衛が七夕の日に不機嫌そうなのって、そのせい?」
「…………まぁ…」
 低く小さく零して目顔を伏せる弥次兵衛の堅物というか、真面目っぷりが何だかおかしくて今度は、くつっとじゃないよ。思いっきり喉を鳴らすんだぜあははーってさ。
「あははー、やーじべっ!」
「ちょ……若!」
「そんなに難しく考えることないんだぜー」
 床に転がること一回転。弥次兵衛のごつい膝と膝の間にすっぽり頭を埋めればほら、見下ろしてくる困ったような戸惑ったような面白い顔があるんだぜ。あんまりにも面白かったからさー、そのほっぺを両手で思いっきりつまんでみた。
「七夕っていうのはさ」
 むぎゅもぎゅ、弥次兵衛のほっぺを弄り倒す。
「彦星と織姫が再会するおめでたい日!そのめでたいついでに、お願いごと叶えてもらっちゃおー、ひゃっほー!な感じで良いんだよ。だからさー、弥次兵衛、もっとにっこりしなくちゃなんだぜー」
 弄り倒すほっぺをぐいぃっと持ち上げてみたそれこそ、堅物仏頂面がにっこり笑顔になるように!
「な!」
 オレも一緒に、満面笑顔浮かべるから。
にぃっこり笑ってみせたオレを見下ろしてくる日に焼けた弥次兵衛の顔は、その日焼けっぷりに似合わないむっつり顔のままでさ。うー、あともうちょい?
「……若らしい」
「だからほら!弥次兵衛の願いごとは?」
 ほっぺをつまんでた両手を一斉に離した。
ぱっと、勢い良く手を離してオレ、膝と膝の隙間に頭預けるままちょっとだけ首を傾けてみせる。弥次兵衛の重たい口がひらかれるまで、ちゃんと、待つよ。弥次兵衛はちゃんと答えてくれる、いつだってオレに。
 じーじーしゅわしゅわみーんみーん満ちる空気にぽんと一つ、落とされた声がある。
「彦星と織姫が、しかと償い……」
 答えて、応えてくれる。
 弥次兵衛の唇がちょっとだけ、不格好だけどそれでも、描いた弧。
「支え合い寄り添い生きることが出来るように……で御座いましょうか」
 その口が、若、なんて刻まれるってわかりきってたからさ伸ばした手はほっぺを、挟んだ。ぎゅむって挟んで引き寄せてほら、すぐ傍弥次兵衛の驚いた顔満面笑顔出迎えてあげようか。蒸された暑さが蝉の喚きが彦星と織姫の再会が近いこと、教えてくれる夕暮れ時に、
「じゃあ、オレも願いごと、それにするんだぜ!」
 彦星と織姫がちゃんといつか、ずーっと一緒に寄り添っていけますように。




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